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2023年8月31日 (木)

米原万里『旅行者の朝食』を読む

米原万里さんは前に小説『噓つきアーニャの真っ赤な真実』を読んだことを書いたが、そのエッセーもいいと評判なのでいつか読みたいと思っていた。近所の書店「かもめブックス」で見つけたのが文庫版の『旅行者の朝食』。文庫の初版は2004年で、買ったのが2019年第24刷だからすごい。

本の題名は「旅行者の朝食」という短い文から来ている。ロシア人は小噺が得意だが、その中によく「旅行者の朝食」という言葉が出てきて必ず笑いを誘うという。米原さんは通訳なのにそれがわからなかったが、ある時小噺で缶詰のことだとわかった。

「日本の商社が「旅行者の朝食」を大量にわが国から買い付けるらしいぜ」「まさか。あんなまずいもん、ロシア人以外で食える国民がいるのかね」「いや、何でも、缶詰の中身じゃなくて、缶に使われているブリキの品質が結構上等だっていうらしいんだ」

ロシア出張の時にようやくスーパーで買ったが、「肉を野菜や豆と一緒に煮込んで固めたような味と形状をしている。ペースト状ほどには潰れていない。そう、ちょうど犬用の缶詰、あれに似ている」。ところが原稿を書くためにもう一度入手しようとして在モスクワの特派員や商社マンに連絡を取るが、見なくなったという。

ある時ロシア人がある雑誌の2001年5月号の「二十世紀博物館特集」に書いた文章を見つけた。「一匙すくって食べてみても素材に何を使っているのか言い当てられない代物だった」「旅行者はいっぱいいた。でも、旅行に出かける時に「旅行者の朝食」を持参しようとする人はいなかった」「社会主義計画経済下では決して生産中止にならなかった。人々の自由意思に任せては売れないので、売れ筋の人気商品と抱き合わせて販売するようになった」

まず「旅行者の朝食」という、素っ気ない、そのものズバリの商品名がいい。ソ連ならではだ。そして一度作ったからには、売れなくても販売するのが社会主義。でも国民は食べないで笑いのネタにする。この本にはこういうソ連をめぐる話が多くて楽しい。

この本は食べ物をめぐる話ばかりだが、個人的に気になったのは、著者が早食いだという話。「馴染みの鮨屋などでカウンターごしに注文していると、途中で必ず板前さんが悲鳴を上げる。/「まったくもう、米原さん、速いんだから、焦っちゃうよ」/食べるのが尋常ならざる速さだというのだ」

そして父方の親戚筋はみんな早食いと言う。彼らと中華に行ってフルコースを頼んだら、「あまりにも、われわれが素早く平らげるものだから、ボーイさんが料理を給仕し忘れたと思い込んで何品かは、二皿ずついただいてしまった」。ところが親戚は「お店の回転に、これだけ貢献しているのだから、とんとんです」と言った。

やはり早食いは遺伝であった。さて私の早食いはと考えると、何となく父方のような気がする。今度父の弟さんの息子(つまり従弟)に聞いてみよう。

 

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