『不安は魂を食いつくす』を再見
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの『不安は魂を食いつくす』(1974)をたぶん30年ぶりくらいに見た。昔見た時は『不安と魂』という題名で、あまり印象に残っていない。60代の白人女性と若いアラブ系の男性の恋愛というテーマが、30歳前後の私にはピンと来なかったのかも。
今回見たのは同じ監督の『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』(1972)がずいぶんよかったから。何となくこの監督にはゲイとか麻薬とかの60~70年代的なカウンターカルチャーのイメージが強かったが、映画は実はずいぶん端正だ。
夫を亡くし3人の子供たちは独立したエミは、掃除婦として働きながら1人で暮らす。ある時偶然に立ち寄ったバーはアラブ系の移民のたまり場で、そこで若いモロッコ人のアリと出会う。家に送ってくれたアリを泊めることになり、そのまま2人は一緒に住み始める。
同じアパートの住民から白い目で見られ、子供たちには非難されるが、2人は結婚する。職場でも仲間たちから意地悪をされるが、エミは気にしない。次第に周囲の目も寛大になってきた頃、我慢を溜めてきたアリの行動がおかしくなる。
結婚もあっという間だし、映画は実に淡々と進む。エミとアリに批判的な保守的な人々の描写も特に非難するようなものではなく、普通の日常を描く感じ。2人の愛も心理もあまり見せず、ある種の運命のように進む。
しかしアリが急に故郷の料理であるクスクスを食べたいと言い出したあたりから、2人の心の奥底が少しずつ見えてくる。そして見終わるとずっしりとしたものが残る。
『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』もそうだが、濃い色彩の画面が美しい。2人が結婚のお祝いにヒトラーが通ったという高級イタリア料理店で食べている時のショットがそうだが、画面の奥に登場人物を正面に据えてまるで奥行きの深い絵のように見せたり、カメラが優雅に部屋の中を移動したり。
昔見た時には全く考えなかったが、アリの身体が印象に残る。エリの体は見せないが、アリはシャワーを浴びるシーンなど裸も写し、その身体的な強さを印象に残す。その一方で言葉は少ない上に外国人らしくカタコトで、表情はほとんど見せない。
2週間の撮影で作られた93分の作品だが、ファスビンダーには人間の深い苦悩をさらりと見せる根源的な才能があり、どの映画にも神の眼差しのような大きな何かが満ちている。そういえば、エリの娘の夫役としてファスビンダーが出てきた。淡々と演じていて好感が持てた。
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