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2023年9月 1日 (金)

『旅するローマ教皇』に考える

10月6日公開のジャンフランコ・ロージ監督『旅するローマ教皇』を試写で見た。この監督は『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』(2013)も『海は燃えている』(2016)も『国境の夜想曲』(2020)も、実は「地味」なドキュメンタリーだ。

社会の片隅にいる人々を時間をかけてじっくりと撮るタイプのドキュメンタリーで、1本撮るごとに国際映画祭で受賞が続き、この10年のうちに一挙に「巨匠」の域に達してきた感じ。そんな彼が極めてメジャーなローマ法王を撮ることに驚いた。

そのうえ、自分が撮っていない記録映像が中心というからどうなることかと思った。実際、パッと目にはローマ教皇フランシスコの広報番組のようだ。この9年間で53カ国を訪問し、各地で集まる民衆に手を振って演説をする。

しかしよく見ると、かなり手の込んだ編集をしていることがわかる。まず法王の言葉をきっちりと聞かせる。冒頭に「夢を見なさい」と訴えかける声だけで泣きそうになる。「キリスト教徒とイスラム教徒は兄弟です」「難民を見過ごすことはできません」「戦争は狂気です」「すべての戦争は常に不正から生まれます」

基本はバチカンの公式言語であるイタリア語だが、アルゼンチン出身の教皇フランシスコは中南米ではスペイン語を話し、米国やカナダでは英語を話す。アフリカでフランス語を話す場面もある。いずれも、民衆に向けてわかりやすい言葉で直接話しかける。

彼の声が聞こえる時にほかの映像が写っている時も多い。飛ぶ飛行機の窓からから街の全体像を見ていたり、「パパモビル」と呼ばれるオープンカーで手を振っていたり。あるいはロージ監督が撮った映像も交えているほか、日本の広島のシーンで戦後すぐの被爆者の様子を見せるなどアーカイブ映像も使っている。

かと思うと、飛行機のタラップで白い帽子が飛んだり、イラクでシスタニ師を訪問してじっと2人で沈黙していたり、アルメニア人虐殺の演説の後にトルコのエルドアン大統領との間に気まずい雰囲気が流れたり。要するに、思いのほかうまくいかないローマ教皇をあえて見せている。

それでも彼はコロナ禍の時期を除くと休むことなく、世界を回り続ける。終盤にウクライナのキーウ州で破壊された都市が出てくる。少なくとも映画ではローマ教皇がウクライナに行ったことは触れられていない。しかし戦争の無意味を訴え続ける彼の姿に、この終りの映像はぴったりと合う。

これまで何年もかけて撮り続けて1本の映画を作るこの監督としては、1回休みの番外編かもしれない。それでも力強い何かは確実にある。

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