またアーティゾンに行く
京橋のアーティゾン美術館は、ブリジストン美術館からリニューアルして、本当に気持ちの良い空間になった。5階から3階まで、企画展から常設までたっぷり見ることができる。前回は全館を使っての抽象美術展が見ごたえがあった。
さて今度は「創造の現場 映画と写真による芸術家の記録」とあったので、一応映画を教えている私は早めに見ておくことにした。ところがまず5階に行って、「ここへきてやむにやまれぬサンサシオン ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃」でびっくりした。
まず何やら部屋のようなものがあるので入ると、床がかなり傾いていてとても歩けない。何とか壁をつたって部屋を出たが、ここで感覚が狂ってしまった。すると外に絵入りのエッセーのようなものがある。雑誌に連載しているものの元原稿のようだが、としまえんにあった部屋を再現したらしい。
「おおセザンヌ!」と題して、セザンヌが描いたサント・ヴィクトワール山や彼のアトリエを見た経験が語られている。私もその場には行ったけれど、書かれていることはよくわからない。アーティゾン所蔵の本物のセザンヌが何点かあり、山口氏が描いた不思議なデッサンもある。
あるいは「そんな雪舟な」として、雪舟への複雑な思いが書かれている。雪舟の《四季山水図》4幅はすばらしいが、山口氏の墨絵はよくわからない。照明が照らされた真っ白の部屋や墨絵を体感するような立体物もあるが。
それよりおもしろいのは、やはり山口氏の《日本橋南詰盛況之圖》とか《善光寺御開帳遠景圖》などの大型の絵で、明治期や江戸期の日本の都市をどこか今風に描く細密画のようなものは、見飽きない。これと呼応する当時の屏風絵がないのが惜しかった。3階の常設展示にあった《洛中洛外図》のような絵を同時に見たかった。
後半に、高校の時に教科書で読んだ中村光夫の「移動の時代」についての文章があった。この文章は私も記憶にあるが、戦後の日本の文学や思想に内発的なものがないことを、明治時代の北村透谷の言葉を借りて分析したもの。それを現代の日本の美術に当てはめて「美術における「移動」を思い慄然とする」と書く。
「日本のこと、原理性の欠如」「かつて一つでも美術上の問題の解決がなされたことがあっただろうか」「逃げてきた人たちの国」。この画家の細密画風の絵には、近代日本への大いなる懐疑があったのか。「創造の現場」については後日。
| 固定リンク
「文化・芸術」カテゴリの記事
- チュルリョーニスの魅惑(2026.06.01)
- あらためて河鍋暁斎に驚く(2026.05.06)
- 観山とは(2026.04.22)
- 「テート美術館」展の見せる90年代(2026.04.06)
- 大西茂とは(2026.03.27)


コメント