『過去負う者』の力
10月7日公開の舩橋淳監督『過去負う者』を試写で見た。この監督は『ある職場』(2020)で新しい手法を導入した。ワークショップの中で俳優たちは台本がなく与えられた状況を即興で演じ、出てきたセリフを練り上げてゆく方法だ。
だから見ている方は「こうなるだろう」という予想が立たない。そして俳優たちの体の奥底から出る声を聞くことになる。今回の設定は、刑務所から出所した者たちと彼らに就職を斡旋する雑誌の編集部の人々が、苦労しながら道を切り拓いてゆくというもの。
前回の職場内のセクハラに比べても、状況はさらに過酷である。前回と違って、今回は絶えず「周囲の目」「社会の目」がある。前科者を雇うとかそれを斡旋するなんてとんでもない、彼らは隔離して自分たちが触れないところにいて欲しい、という普通の人々の感覚だ。
まず、「CHANGE」編集部には雇ってくれる企業との交渉がある。日本では出所者が5年以内に再犯を犯す確率が5割で異常に高いこと、彼らの社会復帰を促すことは日本社会にとって重要なことを説得しても、なかなか雇ってくれるところはない。
次に働き始めた彼らに対する周囲の目がある。一番代表的なのは店長も元出所者の中華料理店で働く拓で、ひき逃げ殺人で実刑10年。店員を馬鹿にした態度の3人の客に怒り、殴ってしまう。それを見たほかの客は予定していた宴会の予約を取りやめる。
それだけでも大変なのに、さらに映画は茨の道へと進む。編集部員で保護司の淳は、アメリカで行われている演劇によるドラマセラピーを提案する。元受刑者たちは彼女の指導で練習し、舞台『ツミビト』は初日を迎える。講演後に編集長は、観客との意見交換を提案する。そこには被害者や関係者、近所の住民などが来ていた。
ところが観客が自由に意見を述べ始めると、それは編集部への批判に変わってゆく。さらにそれに対して激しく反論する元受刑者も現れる。まさかこんなことはあるまいと思いながら見ているが、出演者の生の言葉の迫力が伝わってきて、ぐいぐいと引き込まれる。こんな作りもののような状況設定なのに、いつの間にか現代日本の現実が立ち現れてくる。
時おり写る外の風景やアップになる人物の表情のたたずまいがいい。あるいは細かく拾われた繊細な音の組み合わせにも耳を澄ます。それらが俳優そのものから紡ぎ出される声や動作と一緒になって、不思議な力となる。この監督は、次はほかの人の脚本によるオーソドックスなドラマが見てみたい。
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