今年は父が死んだ年になる:その(14)
ひと月ほどの前の「読売」で小説家の黒井千次さんが夕刊の連載で書いていたことが気になって、切り取っていた。若いと思っていた新聞記者や雑誌編集者から、定年ですと案内が来て驚くというところから文章が始まる。
見出しは「老後の自由 異なる鮮度」。黒井氏は40歳前に会社勤めから作家になった。それからは「自由」は当たり前の日々が何十年も続いているが、定年になっての「自由」は新鮮だろうと考える。
「自由の扱いに困っているという声など聞いたことがない。つまりそこには、まだ手を触れられていない自由の樹の果実が枝もたわわになっているわけなのだろう。/それに対して、長く自由業を営んで来た人の自由はもう十分に古びており、次第に無為と似たものになって来ているように思われる」
ひるがえって、自分はどうかと考えると、その中間にいると思う。最初の公務員から新聞社事業部、記者、大学教師と移るにつれて、「自由」の度合いはどんどん高まっている。転職はすべて偶然だが、結果として「自由」な時間が増え、仕事の内容も「自由」に選べるようになった。
それにしても、今も月給取りである。これがあと3年と少し続く。前にも書いたと思うが、去年からほんの少しずつ授業のコマ数を減らしている。去年に半コマ、今年になってさらに半コマを減らして非常勤の先生にお願いした。それでもほかの大学、特に国立に比べたらまだ倍くらい多いが。
つまり年間で一コマ分が減ったわけだが、それでずいぶん自分の時間が取れるようになった。実はもっと大きいのが、ひと月ほど前にブログを毎日書かない宣言をしたこと。考えてみたら、一コマ、つまり週に1度授業を減らすよりも、ブログを2日おきに書くようになって、ずっと時間が増えた気がする。
最近、毎朝、爽やかな秋を感じる。これもひとえにブログを書かないから、朝、余裕が出てきたからではないか。大学に行く前に大急ぎでブログを書く日々は、もう繰り返したくない。
この「自由」はかなり新鮮で、これまで本や頼まれた原稿を書くのはおおむね授業がない時が多かったが、今は普通に空いた時間に原稿が書ける。やはり授業の準備とブログに追われているよりもずっと気分がいい。
私の場合は、こうやって定年に向けて少しずつ「義務」を減らしている。同世代の友人たちも、60歳を過ぎて給料が減ったが週3日の勤務になったと聞く。ただし新聞記者は別のようで、60歳を過ぎた友人の記者たちは「前より仕事が増えて給料は激減」と嘆いている。
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