東京国際映画祭から降りる:その(4)
東京国際映画祭にはデザイン性が欠けていると書いたら、ある知り合いから映画館で流れる予告編は本当にダサいと言われた。確かに映画好きの繊細な感受性からしたら、とても行きたいとは思えないシロモノだ。これは何十年も変わっていない。
それにしても、もう1日3本は見られない。年のせいか、どうしてもその気にならない。そこでコンペの邦画は後で見られるのですべてやめることにした。今回見た2本のコンペはなかなかよかった。1本はイラン系米国人のマリアム・ケシャヴァルズ監督『ペルシアン・バージョン』。これはコンペでは珍しいエンタメ作品。
とは言っても、1970年代にイランから米国にやってきた夫婦の物語をその娘レイラが語るというもので、イスラム革命を始めとするイランの歴史にアメリカ社会が重なり合う。レイラは父の入院で7人の兄弟や母と会い、自宅で祖母に話を聞く。そこから浮かび上がるのは、母の苦難の人生だった。
病院や自宅の家族とのシーン以外は、ほとんどが回想。母の小さい頃に始まって、医師と結婚して田舎に住んで苦労し、アメリカに移住して不動産ブローカーとして大活躍。記憶に残るのは、みんなが揃って楽しそうに踊るシーン。これは公開したら、ちょっとした話題になるのでは。それにしてもコンペ15本のうち、これと『タタミ』と『ロクサナ』の3本はほとんどがペルシャ語とは。
ロシアのアレクセイ・ゲルマン・ジュニア監督『エア』は、第二次世界大戦末期の女性飛行士たちを描く。ノーベル賞を取ったスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ の『戦争は女の顔をしていない』の映画版のような内容だが、1942年の入隊時には10人以上いた女性兵士が1人ずつ死んでいくのは辛い。1992年のレンフィルム祭で上映した『トルペド航空隊』(1983年)の女性版。
中心となるのは父親が反乱で殺された兵士だったジェーニアだが、彼女は生き残るためにドイツの飛行機を打ち落とし、地上でもドイツ兵を刺し殺す。軍の女性差別に猛烈に反対し、レイプしようとした男も殺す。そしてレニングラード攻防戦の地獄のような殺し合い。何度か出てくる楽器を弾くシーンが救いだ。特に終盤のヴィヴァルディのオルガン演奏と歌は心に沁みる。
それにしても今の世界状況を見ると、プーチンが「大祖国戦争」と呼ぶ対独戦を描くこの映画には少し抵抗があるかもしれない。コンペはこれに加えてイラン系映画3本に中国映画3本は多過ぎるかも。東京国際映画祭は国際政治的にはあっち側だ。
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