今年は父が死んだ年になる:その(16)
最近、佐藤優さんが2020年12月に受けたインタビューを「朝日新聞」のサイトで読んだ。「50歳からは消極的に生きろ」という見出しで、50代に会社で新規プロジェクトなどを任されたら逃げた方がいいと言う。
それは会社がその人に失敗を押し付ける場合が多いから。「抜擢」などはウソで、会社組織は50歳を超すと大半が必要なくなる。そんな時期に新しい仕事に手を出さない方がいいということらしい。
会社に限らず、50歳を過ぎたら新しい語学などに取り組むのは時間の無駄という。「今の50代は時代の転換点にいます。だからこそ、消極主義を勧めているのです。新しい出来事に適応するための気力や能力には、相当なものが必要です。でも、あと25年ぐらいは惰性で走りきれます。これまでの時代の中で積んできたアセットを動かし、切り崩して食っていく方が現実的です」
私は48歳の時に大学に転職した。大学生に教えるという仕事は思っていた以上に魅力的で、私は全力を投下した(と思う)。新しい授業をいくつも作って自分の時間をなくしていった。それを10年ほどやってきて、だんだん疲れてきた。
2020年5月、59歳の時に編集者の求めに応じる形で『美術展の不都合な真実』を書いたら、思いのほか売れた。新書という形式に目覚めて、2023年2月に『永遠の映画大国 イタリア名画の120年』を出した。これは自分から売り込んで出版社を見つけた。
考えてみたら、この2冊はそれまでの自分の会社員時代の経験をベースにしたものだった。50代より10年近く遅れたけれども、まさに自分が「これまでの時代の中で積んできたアセットを動かし、切り崩して食ってゆく」形だった。『永遠の映画大国』に関しては、大学で教えている間に蓄積した知識も加えたが。
大学に移ってからは日本映画も知らないとまずいので、相当の数の古い邦画を見た。ただしそれについては「専門」というレベルではない。学生時代から自分が馴染んでおり、映画祭もいくつも企画した欧米の映画の方が長年見ているし、本も読んでいる。まだ読んでいない本もたくさんある。
佐藤さんの文章を読んで、私はスタートが遅れたけれども、今後も自分が詳しいことを本にしていくしかないと思った。とりあえず、国際映画祭でやみくもに新作を見ている場合ではない。
ちなみに佐藤さんはインタビューの終りで彼にとって優先順位が高いこととして「若い人への教育」と言っていた。確かにそれはわかるのだが、佐藤さんは教えることが本業でないから思うのかも。
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