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2023年11月 2日 (木)

今年は父が死んだ年になる:その(15)

近所の靴修理の店に「包丁研ぎます」と書かれていたので、20年くらい一度も研がずに使っていた包丁を持っていった。ドイツのゾーリンゲン製で、たぶん貰いもの。さて研いでもらったら、切れること。いままで使っていたのが不思議なくらい、切れ味が一変した。

ところが調子に乗って野菜や果物を切っていたら、指にケガをしてしまった。それも1週間で4カ所も。長年切れなかった包丁なので、ずいぶん大雑把に扱う癖がついたらしい。それから丁寧にゆっくり扱うように心がけたら、その後は全くケガをしなくなった。

もともと、ガサツでせっかちな性格である。かつてはいつも走るように歩いていた。それを止めたのはちょうど10年頃前に、東銀座駅から松竹に走って行こうとして転んだ時。試写に間に合うように点滅している黄信号を全速で走ったからだが、擦りむいた頬から血が流れて数日間痛みが続いた。

それからはもう道路で走るのをやめた。信号が点滅しても走らずに、次の青を待つようになった。あの時の痛みとそれ以上に恥ずかしさに比べたら、多少遅れても何でもない。たまに小走りになる時は、あの東銀座駅前を思い出すことにしている。

そういえば、道や階段で転ぶこともなくなった。昔は雨の日などはよくすべって転んだ。今は少しでもすべりそうだと、ゆっくり歩く。雨の日にはすべりやすい靴ははかない。階段は片手で手すりに触れながら降りる。

階段といえば、駅の階段を上ると息が乱れるようになった。そこで少しゆっくり登ると大丈夫だとわかった。5階の自宅と4階の大学研究室はエレベーターを使わずにあえて歩く。ゆっくりゆっくり、場合によっては手すりにつかまりながら登る。

それから10年ほど前から、自宅を出る時の物忘れが多くなった。鍵とか眼鏡とかスマホとか。そこで家を出る時には、それらを一つずつ確認することにした。さらに翌日持って行くものは、前の晩に用意する。そのおかげで、最近は物忘れがほとんどない。

すべては精神及び肉体の老化に対する対策で、一つ一つまじめにやれば、むしろ昔よりも間違いは少ない。そんなに慌てても、自分が人生でできることはもはや限られている。そのあたりをようやく悟った気がする。かつては、急げば空いた時間で何かができると思っていた。

そう思っていたら、先日フランス料理を食べたレストランで、支払いをすませてバッグを忘れて手ぶらで帰ろうとした。見つけた店員さんがタクシーに乗る寸前で持って来てくれたので助かった。これは今までになかったできごとなので、今後は「帰る時には荷物を確認する」こともはじめようか。

私の年で亡くなった父は、たぶんそういう注意や用心を一切することなく、そのまま全力で走って死んでしまったような気がする。

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