『ほかげ』の描く戦後の闇市
11月25日公開の塚本晋也監督『ほかげ』を試写で見た。ベネチア国際映画祭でコンペではなく、オリゾンティ部門」なので少し落ちるのかなと思ったが、そんなことはなかった。フィリピンの戦場を描く『野火』(2014)から幕末の『斬、』(18)に続いて、今度は戦後すぐの闇市が舞台。
女(趣里)は壊れかけたカウンターだけの飲み屋にいる。奥には寝室があるようだ。酒屋の男(利重剛)が酒を補充しにやってくるが、代金の代わりに女と寝る。女は酒と同時に自分の体を売って暮らしていた。そこにやって来るのが、孤児と若い復員兵(河野宏紀)で何となく親子のように3人で暮らす。
しかし復員兵は銃の音に頭がおかしくなって、出てゆく。女と孤児はさらに近づいてゆくが、少年が銃を拾ってきたのをきっかけに諍いがはじまり、彼は銃を必要とする仕事があると出てゆく。少年が出会ったのは、腕の動かない別の復員兵(森山未來)で、彼は少年の銃を使ってある復讐を成し遂げようとしていた。
復讐は終わり、復員兵は去ってゆく。少年は闇市で生きる決心をする。ガード下には復員兵がたむろしていて、かつて飲み屋で会った兵士もいた。
物語はこんな感じだが、まず手持ちカメラで撮られた狭い飲み屋の緊張感に驚く。遠くからさまざまな音が聞こえてくるが、女はすべての音に敏感で、男を見たら金を取る。何泊もする若い復員兵からも金を取ろうとするし、少年にも厳しい。3人は互いを恐れながらも、家族のような不思議な雰囲気も流れる。
それから少年と腕の動かない復員兵の彷徨が始まる。復員兵はすべてを達観したようで、するべきことは明確に決まっていた。見つけた相手を前にして言う台詞もすべて何度も練習したかのようによどみない。少年は手伝いながら、一部始終を目撃する。
見始めた時は、別に戦後の焼跡でなくてもいいじゃないかと思った。ところが腕の動かない兵士役の森山未來を見ていたら、その怨念の深さにこの設定に納得した。そして終盤の闇市やガード下が実にリアルで、敗戦直後の東京を生きるというのはこういうことかと考えた。
どこかわかりにくく、同時にファンタジーのような没入感を与えるのも塚本晋也ワールドの魅力だろう。反戦やヒューマニズムを夢幻的な表現で描いてしまう、稀有な才能だと思う。『ゴジラ-1.0』の実にリアルな焼跡とは違う、どこにでもあるようでない風景を見た。
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