オゾンの『私がやりました』に笑う
フランソワ・オゾン監督は作品ごとに趣向を変えながら、毎回唸らせる映画を作る。今回は1930年代のパリが舞台で、イザベル・ユペール、ファブリス・ルキーニ、アンドレ・デュソリエに加えてダニー・ブーンも出ているというから、喜び勇んで見に行った劇場に見に行った。
ユペール、ルキーニ、デュソリエは1970年代から活躍している大ベテランだし、ブーンはフランスのテレビにいつも出ている喜劇俳優。ユペールを除くと日本ではあまり知られていないが、フランスでは誰でも知っている。
すごいのは彼らがすべて脇役で、主役は若手女優2人であること。マドレーヌは女優志望、ポーリーヌは新米弁護士で二人は水道もない質素なアパートに住んでいる。ある日、マドレーヌは演劇プロデューサーのモンフェランに会いに行くが、翌日判事(ルキーニ)がやってきてモンフェラン殺害容疑で逮捕するという。
マドレーヌはポーリーヌと話し合って、殺したがそれは正当防衛でさらに男性中心社会の犠牲であるという論理を組み立てて裁判に臨む。陪審員は全員男性だが傍聴席の女性たちが大いに共感して騒ぎ出し、マドレーヌは無罪を勝ち取ってしまう。マドレーヌにはいくつもの劇場から出演の誘いがかかり、ポーリーヌには弁護の依頼が殺到する。
ところがそこにユペール演じる老女優オデット・ショーメットが現れる。サイレント映画で有名だったが、トーキーになって消えた女優である。彼女は「やったのは私よ。黙っているから30万フラン寄こしなさい」と迫る。このユペールが抜群におかしい。
マドレーヌはモンフェランのアパートの権利を手に入れていた建築家のパルマレード(ブーン)に相談し、パルマレードは奇策を思いつく。マドレーヌはそれを恋人の父親で大きなタイヤ会社を経営しているボナール(デュソリエ)に提案して、結局は万事丸く収まる。最後のオデットとマドレーヌが共演する芝居に唸った。
ありえないストーリーを強引に展開し、俳優たちが大げさに喜劇を演じて最後は万々歳で終わってしまう。私は、舞台演出家で映画も撮ったサシャ・ギトリの『とらんぷ譚』などの映画を思い出した。この映画の原作は1930年代の芝居というから、まさにギトリの全盛期である。あるいはマルセル・パニョルとか。彼も舞台出身だ。
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