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2024年1月 1日 (月)

正月に思うこと

昨年1年でずいぶん自分の生活が変わった気がする。何より9月にブログを毎日書くのをやめたことが大きかった。結局2日に1回に落ち着いたが、これもだんだん負担になってきたので、今年はいずれ週2回とか1回とかになるかもしれない。

とにかくこれで一挙に時間ができた。というか、精神的に追い詰められた感じが消えた。そうすると、余裕ができていろいろなことを考える。まず、体力的な衰退に気づいた。駅の階段を昇り降りする時は、必ず手すりを半分触れながら歩く。駅の階段を駆け登っていく若者を見ながら、自分も昔はそうだったと考える。

歩く時にポケットに手を入れないのも、転んだ時にすぐに手がつけるように。冬はいつも手袋を持ち歩き着用すれば、ポケットに手を入れなくなる。そしてゆっくりと歩き、周囲の草木を見る。思いのほか、花やハーブなどを育てている家が多いのに気づいた。私も数年前にベランダで一度トライしたが、花に小さな虫がわいて失敗した。今は料理に使うローズマリーだけを育てている。

映画に行く回数も減った。これは毎日ブログをやめたこと以上に「朝日新聞デジタル論座」が昨年4月になくなったことが大きい。少なくとも東京国際映画祭でコンペを全部見る必要がなくなった。海外の映画祭にも行かなくなったので、ずいぶんと余裕ができた。

映画館であれ映画祭であれ試写であれ、映画は展覧会と違って決まった時間に行かなければならない。だから映画をスクリーンで年に200本も見ると、年中何かに追われている生活になる。それはもうおしまい。体力的にもたない。

そして何となく死を考えた。いままで死んだ後にどうなるかなんてどうでもよかったが、ここに書いたように「朝日」で女優の島田陽子さんが死んだ後に遺族の引き取り手がなく、2週間後に渋谷区が荼毘に付したという記事を読んだ。幸いにしてその後友人が現れて両親の墓に移したそうだが。

これも書いたが、皇室ジャーナリストだった渡辺みどりさんは遺書を弁護士に預けていたにもかかわらず、遺骨やお墓についての指示がなかったという記事も「朝日」で読んだ。今年は遺書とか墓とか考えようか。

昨年2月に『永遠の映画大国 イタリア名画120年史』を出した。2020年5月に、編集者に乗せられて成り行きで『美術展の不都合な真実』を書いた。翻訳を除くと単著はこれだけなので、死んだらこの暴露本の著者と言われることになるとふと思った。それはいくら何でも嫌なので、自分であちこちに働きかけてようやく映画の本が出たのは嬉しかった。

映画の本を出したら、ブログとか論座とかどうでもよくなったのかも。できたらもう1、2冊出したい。今年もよろしく。

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