六本木の展覧会2つ
私はなぜか六本木は苦手で、昔はシネヴィヴァン六本木に映画を見に行く以外は行かなかった。この映画館がなくなってシネコンができてもそれは変わらない。ところが20年ほど前に東京国際映画祭が六本木に移った。これで年に1週間は六本木に缶詰めになった。
さらに国立新美術館とサントリー美術館ができた。新聞社文化事業部の終りの頃にはそこで展覧会もやったから、ずいぶん通った。幸いにして東京国際映画祭は銀座、日比谷に移ったが、2つの美術館は依然として健在だ。だから2、3カ月に一度、両方の展覧会をハシゴする。
まず見たのは明日までサントリー美術館で開催の「激動の時代 幕末明治の絵師たち」。チラシにはおどろおどろしい極彩色の絵が折り重なり、「芸術はバクマツだ!」と書かれていてそそられた。
まず展覧会の入口にある狩野一信《五百羅漢図》(1854~63)に息を飲む。五百羅漢が雲の上から地上の地獄に火を放ち、そこから垂らした糸に何十人もの貧乏人がぶら下がる。あるいはいくつもの部屋に別れて五百羅漢が祈りを捧げているが、あちこちが暗く彼らに仕える小さな人々(小人?)がいて薄気味悪い。
谷文晁の水墨画は妙に生々しいし、渡辺崋山が《ヒポクラテス像》(1853)を描いていたのにもびっくり。完全に西洋人風の老人を和風に掛け軸の中に置いている。洋風画では安田雷洲という画家がおもしろかった。遠近法を日本画にとりいれようとした感じでどこかモダン。
そのほか歌川国芳や月岡芳年の色彩豊かで時にエログロの錦絵とか、明治になると河鍋暁斎のポップな絵とか、もはや何でもありの幕末毎時初期である。終わりには東京の新しい街並みを陰影豊かに描く私の好きな小林正親も何点も出てきて満足。これは図録を買って家で楽しみたいが、場所がないので諦める。
その後に国立新美術館で「大巻伸嗣 真空のゆらめき」。この現代作家は知らなかったが、「朝日」で記事を読んで見たいと思った。確かに光や映像を使ってきれいな空間は作っているが、私には何となく商業空間のディスプレイに思えてしまった。入場無料なのだが、それで真面目に見る気が減ったのかもわからないけれど。12月25日まで。
今でも新美に行くと、控室や関係者用通路を知っていて落ち着かない。自分で展覧会を担当して何カ月も通った美術館は、現美や松濤美術館などもそうだが、何か自分の一部を残している気がする。
さて今日から学生主催の映画祭「移民とわたしたち」が始まる。夕方には『レ・ミゼラブル』の後に私のトークもあるので、よろしく。
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