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2023年12月 8日 (金)

渋谷の写真展2つ

最近、かつて展覧会を一緒にやった学芸員と会ったら、「松濤美術館は最近攻めているね」という話になった。確かに「異性装の日本史」展とか「ボーダレス・ドールズ」展とか「ビーズ」展とか、従来美術史になかった切り口の展覧会が多い。学生企画の映画祭「移民とわたしたち」で渋谷に日参しているので、足を運んだ。

見たのは2月4日まで開催の「「前衛」写真の精神:なんでもないものの変容 瀧口修造・阿部展也・大辻清司・牛腸茂雄」展。簡単に言えば一見関係のなさそうな4人の写真家(瀧口は評論家だが実作もする)が実は繋がっているという内容。

瀧口修造と阿部伸也は1938年に「前衛写真協会」を設立する。これはシュルレアリスムを日本に紹介した第一人者の瀧口が中心になったと思われるが、マン・レイを真似たソラリゼーションを使った日本の写真のほか、ウジェーヌ・アジェの無人のパリの写真もあった。瀧口はこのような日常の中の謎を追求したい思いがあったが、それを阿部は理解していたのかどうか。

戦後には「演出:阿部展也、撮影:大辻清司」という《オブジェ、阿部信也のアトリエにて》(1950)があった。全裸の女性の頭に白い布を被せて、周囲には白い糸を張り巡らせている。まるでルネ・マグリットの絵のような写真で、アジェとはだいぶ違う。

一方、瀧口は1958年にベネチア・ビエンナーレの日本代表として渡欧し、パリを起点に欧州をめぐる。その写真が何ともいい。アンドレ・ブルトンにも会ったとうから、彼の心情を考えて泣きそうになった。

大辻は1970年頃から何でもない風景や街を歩く人を撮るようになる。これは明らかに「風景論」の影響だろう。学生運動の敗北の後に、権力は日常の風景にあると考える発想だが、それがなぜかアジェ的な日常の闇に近づく。大辻に学んだ牛腸茂雄は、その路線で普通の人々を撮り続ける。そんな感じでこの4人はつながっている。

いささかこじつけのようだが、先日大学院の授業で大島渚の『東京戦争戦後秘話』(1970)を取り上げて、背景にある「風景論」を説明するのに苦労した。大半を占める留学生にはたぶんわかってもらえなかった。

さてもう1つ見たのはヒカリエホールで12月28日まで開催の「ウェス・アンダーソンすぎる風景展 in 渋谷」。これは今年の春に寺田倉庫でやっていて遠いので行かなかったが、渋谷に来たので行ってみた。別にウェス・アンダーソン監督とは何も関係がなく、彼の映画に出て来そうな風景を世界各地の人々がインスタグラムに集めた写真が展覧会になった。

これが意外におもしろい。駅とかホテルとか列車とかのテーマ別に各地の風景が並ぶ。日本を除くと私が見たことのある光景はなかったが、それでも見ながら「こういう風景は見たぞ」と考える。赤や青や黄の壁紙を使った展示デザインが実にうまい。特に窓から走りゆく列車が見える造作など抜群。

入場料金は大人2200円と高いが、800円の松濤美術館の何倍も観客がいた。外国人も多かった。

 

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