『燈火は消えず』の香港
香港の新人監督アナスタシア・ツァンの『燈火(ネオン)は消えず』を劇場で見た。香港のネオン職人の話と知って、見たいと思った。私は香港は1度しか行ったことがない。1989年か翌年の香港映画祭の時期で、すばらしい映画のセレクションとともに、香港の独特の雰囲気を楽しんだ。
その時に強く印象に残ったのがド派手な電飾看板で、東芝やサムスンのような世界的メーカーも、ホテルもレストランも小さな商店も競うようにネオンを輝かせていた。街頭でも大声で話す活力あふれる香港人の存在証明のように見えた。
それが2010年の建築法の改正で高さや大きさが制限され、2020年には9割が姿を消したという。映画はそのネオン職人のビル(サイモン・ヤム)が亡くなったことから始まる。妻のメイヒョン(シルヴィア・チャン)は、遺品からネオン工房の鍵を見つけて訪れる。
するとそこに弟子と名乗る青年がいて、ビルの最後の仕事を完成しようとしていた。実はこの工房は家賃も払えないほど借金だらけで、メイヒョンはすべてを清算しようとしていた。そのうえ娘は恋人と知らないうちに入籍していて、オーストラリアのヴィザを取得していた。
物語は焦るメイヒョンがだんだん青年を手伝うようになって一緒にネオンを完成させるというもので、ある種のファンタジー仕立て。その進み方があまりうまくないので見ていて少し退屈するけれど、ネオンを作っている最中や出来上がった瞬間など楽しい。
そして何より現在の夜の香港に、かつてのネオン天国の香港のイメージが重なるシーンが感慨深い。こんなにも寂しくなったのかと愕然とする。あの自分もよく記憶にある香港を変えてしまった建築法は、ひょっとして中国政府が押しつけたものなのだろうか。
ベテランのシルヴィア・チャンとサイモン・ヤムもよかった。特にシルヴィア・チャンの姿には現在の香港の苦悩が現れているような気がした。最後に実際の香港のネオン職人たちが数人紹介される。これもまたいい。そのうちの一人はこの映画のネオンを担当して、俳優たちの指導をしていた。映画としては普通だが、実に愛すべき作品。特にかつて香港に行ったことのある人はぜひ。
そういえばかつての香港の大きな電飾には、ナショナル/パナソニックや東芝など日本企業も目立った。香港の変容と共に、日本の衰退も感じる。
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