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2024年1月 7日 (日)

「チネマ・リトロバート」とは:その(1)

国立映画アーカイブ(NFAJ)で「蘇ったフィルムたち チネマ・リトロバート映画祭」が始まった。いったい「チネマ・リトロバート」とは何なのか。「リトルバード」でない。「チネマ」からわかる通りこれはイタリア語で、「リトロバート」は「再び見出された」という意味。

「チネマ・リトロバート」は「再び見出された映画」という意味で、いわば復元映画祭。イタリアのボローニャには世界中で復元された映画を集めて上映する映画祭がある。これまでは「ボローニャ復元映画祭」と呼ぶのが普通だったが、今回は大胆にもカタカナ読みとなった。

NFAJのチラシによれば、「古今東西の発掘・復元された映画が披露される場として、世界中の映画ファン、映画批評家、アーキビスト、研究者、地元の人々が集うチネマ・リトロバート映画祭。会場の地であるボローニャは歴史ある大学都市であり、多くの映画人を輩出してきた街でもあります」

同じイタリアでも、私はベネチア国際映画祭は10回以上行っているが、この映画祭には1回しか行ったことがない。ベネチアやカンヌのように監督や女優やジャーナリストやバイヤーたちが集まるのではなく、映画研究者や各地のアーカイブに勤務する人々や映画マニアが来る、実に地味な映画祭だった。

今回の映画祭はそこでこれまで上映された代表作を上映するもののようで、イタリア映画を中心にほかの国の映画も上映している。私が最初に見たのは、イランのバハラム・ベイザイ監督『異人と霧』(1974)。アッバス・キアロスタミに代表される「イラン・ニュー・ウェイブ」は78年のイラン革命以降の新しい映画だが、その前にも動きがあった。

私はたぶんダリウッシュ・メールジュイの『牛』(69)しか見ていない。そこで見に行ったが、いやいや驚きだった。最初に太鼓の音が激しく聞こえ、まるで黒澤明の映画のようだった。そこで繰り広げられるのはまるで溝口健二の『雨月物語』のような不可解な世界。舞台はたぶん現代だが、中世のようにも見えた。ちょんまげに似た髪の結い方をした若者もいたし。

ある時、漁村に船が着き、そこには死にかけた男が乗っていた。1年前に海に出て戻らない夫を待つラナは一瞬夫かと思うが、アヤットと名乗るその男は謎に満ちていた。しばらくすると彼を追って海岸に別の男たちが来る。村人たちは恐れてアヤットを追い出そうとするが、助けてくれたのはラナだった。ラナは鮮やかな赤や青のベールで身を覆う。

村を追い出されないためにはラナと結婚するしかないと知ったアヤットは、何とか結婚にこぎ着ける。そこで再び海岸に見知らぬ男が現れる。「肩の広い男」はラナの夫ではないかとアヤットは思うが、それも違うようだ。さらに今度は五人のいかつい男が海岸に現れてアヤットを追う。村人も蹴散らされて大騒ぎ。

5人の男たちは不思議な鎧を身につけ、動き方も歌舞伎のように様式的。村人は石を叩いたり、口笛を吹いたりとまるで合わせたように音を立てる。そしてアヤットは去ってゆく。共同体に現れた他者との永遠の確執か。

ほかの映画も見たくなった。講演もいくつかあるが、明後日9日(火)18時からの『サタン狂騒曲』ほかの上映後に私も小松弘さんと対談をするので、お暇な方はどうぞ(何だ、宣伝かい)。

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