『彼方のうた』の奇跡
杉田協士監督の『彼方のうた』を劇場で見た。前に見た『春原さんのうた』(2021)が抜群によかったから。今度はオリジナル脚本ということもあってさらに物語がわからず、ある種の切羽詰まった感情だけが続いてゆく。
冒頭、若い女性(小川あん)が川のそばでヘッドホンを耳に当てている姿が写る。美しいなと思ってみていると、彼女は何かを探して歩いている。そこに現れた少し年上の女性(中村優子)に聞いて目当ての店にたどり着くと、そこは閉まっていた。
いつの間にか若い女性は年上の女性の家にあがり込み、オムレツをご馳走になる。この2人が春、雪子という名前であることもわかってくる。春は子供に絵本を読んだり、映画を作る教室に通ったり。ある時出会った中年の男にピンと来て後を付ける。「どこかで会いましたか」と聞かれて「中学生の時」と春が答えると、男は急に泣き崩れる。
男の娘はシナリオを書いている。春はそれを読んで「映画に撮りましょう」と言い、映画教室の仲間に声をかけて撮影が始まる。一方、春は雪子のバイクに乗せてもらって信州に行く。そこでカフェの友人に教えてもらったカタ焼きそばを食べる。
雪子の家では今度は春がオムレツを作る。次に行った時には今度は雪子が作る。そして二人の強烈な会話で映画は忽然と終わる。84分間、いったい雪子は何をしているのか、家族はいるのか、なぜ雪子は可愛がるのか、男はなぜ泣いたのか、何もわからないままに、春の切ない思いだけが伝わってくる。
これはもう、濱口竜介や三宅唱の先を行く、究極の気配の映画、ほとばしる繊細なリリシズムの映画である。これはもう見てもらうしかない。私は東中野で平日昼間に見たが、それなりにお客さんがいた。前作もここで見たが、もうファンがいるのだろう。この監督が次に何を撮るのか、楽しみだ。できたら少しだけメジャー感のある作品を作って、もっともっとみんなに知られて欲しい。
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