恵比寿映像祭にまた行く
毎年この季節には東京都写真美術館を中心に「恵比寿映像祭」が開かれる。入場無料のこともあってたぶん毎年行っているが、いつも失望する。まず毎年のテーマを聞いただけで気が遠くなる。今年は「月へ行く30の方法」で例年に比べると具体的なので少し期待した。
私はまずジョルジュ・メリエスの『月世界旅行』(1902)を考えた。ジュール・ヴェルヌの原作もあるし、メリエスの宇宙映画は何本もある。さらにパテなどの模倣版も数本。入口にそのあたりが並んだらいいなと思った。もう一人は高畑勲監督の『かぐや姫の物語』。デッサンだけでも楽しい。
あるいは現代美術作家の野村仁。彼が月や宇宙にカメラを向けて撮った連続写真は好きだった。横山大観や東山魁夷などの日本画にもたくさん月があったはず。ところが展覧会に行くとそれらはなかった。というか月を見せたものも、月に行こうとした人を描いた作品も一点もない。
会場で無料配布の10頁を超す大判のパンフによれば「未来のあり方のメタファー(比喩)として、アーティストだけでなく鑑賞者の参加によって共に考えていく試みを行います」。ならばどうして「未来のあり方」としないのか。そのうえ私は「鑑賞者の参加」が求められる、いわゆる「参加型」美術は大の苦手だ。
そんなことを考えながら2階に行くと、20人ほどの作家の作品がチマチマと並んでいる。マルセル・ブロータースやジョン・バルデッサリ、中谷芙二子など私でも知っている前世紀の作家もいるが、それぞれ小品1点を見ても何もわかるまい、と思ってしまう。
3階は「コミッション・プロジェクト」らしく、専門家が選んだ2人に依頼した作品が並んでいた。金仁淑と荒木悠だが、どちらも一言で言えば「異文化のせめぎあい」の映像化で、それなりの出来だが私には頭でっかちに見えた。これが現代美術の映像の代表なのか。
後半に候補で選に漏れた4人のインタビュー映像があった。唯一顔を知っている大木裕之さんが話していたのでヘッドフォンを耳に当てて聞くと、これがおもしろい。簡単に言えば、映画はあれだけ苦労してスターシステムなどを生み出してきたが、美術はダダイズムにしても何にしてもたいしたことをしていないというもの。
「映画と美術のはざまで何十年もやってきた僕にはわかる」と言っていた。彼の日記映画は、昔何本か見たが、映画好きにも突き刺さる強度があった。彼の新作を見たかった。そんなことを考えながら地下にいくと、ここの4人の展示は面積も広く、やっと映像のおもしろさを少し感じた。これについては後日書きたい(かも)。
この展覧会は18日(日)で終わり。かつて文化庁のメディア芸術祭がこの美術館でやっていたが、それができたばかりの新美に行ってしまい、都が特別の予算を付けて「恵比寿映像祭」が始まった。前に聞いたら1億円弱だった。メ芸も止めたのだから、これもやめたら、と都民として思う。
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