清水宏ふたたび:その(1)
大学院の授業の一環で、国立映画アーカイブで清水宏監督作品の特別試写をしてもらうことになった。配信もDVDもテレビ放映もユーチューブもない映画を何本か見ているが、いやはや、おもしろ過ぎる。
フィルムが現存する最古の『森の鍛冶屋』(1929)は30分の縮小版しか残っていないが、井上正夫が村長に疎んじられる鍛冶屋をいい感じで演じている。長男の一郎は弟の次郎が木から落ちて足が不自由になったのをきっかけに医者になろうと決心する。13年後、医者になった一郎は帰京するが、盗みの疑いをかけられる。
村長の息子はお光(田中絹代!)と結婚しようとしたが、一郎はその犯人を捜し出し、村長の息子の手引きを証明する。一郎は村長の娘と、足の直った二郎はお光と結婚する。波乱万丈のメロドラマだが、足が不自由になった二郎に町長の息子が「ちんば」「カタワ」と言うのがすごい。一郎は「一生おんぶするよ」と言って泣かせる。
始めのあたりで子供たちが走るシーンを後方に移動するカメラでとらえているのは、既にこの清水的なスタイルができていたことを示す。『親』(1929)はわずか25分の作品で簡易保険局のPR映画だが、なかなか泣かせる筋立てだし、清水独特の正面からの人物撮影と切り返しに驚く。女の子を捨てた男が、15年後に育てた両親を見て回心し、死ぬ間際に娘に会って440円の生命保険証書を渡す。
3時間を超す『銀河』(1931)は、いかにも新聞小説の映画化らしい大河ドラマ。実業家寺尾の令嬢の道子(八雲恵美子)を軸に、道子の乳母の子供である労働者の莊一(高田稔)とその妹・照代(川崎弘子)、実業家の秘書長島、さらに実業家の長男の友人の文士(斎藤達夫)、実業家が世話をする画家の関(日守新一)など松竹蒲田の俳優が揃う。
さらに莊一も長島も文士も道子が好きで、道子は関に惹かれている。関は照代が好きである時犯してしまう。つまりは華麗なる一族の周りに集まる7、8人の20代後半の男女が繰り広げる恋愛ドラマで、照代は犯された後に失踪してキャバレーの女給となり、長男が手を出した会社の女は横浜のチャブ屋で働く。
結婚せずに男性と関係を持った女は「堕ちた女」となり、世間に顔向けができないために水商売に向かうという松竹蒲田的なモラル。道子は莊一と関係を持って妊娠するが、それをカムフラージュするために、一家の跡継ぎを狙う長島と結婚する。ところが長島が冷徹な経営を始めると莊一は労組の代表として長島と戦う。
莊一たちは長島の家(寺尾家)に押し掛けるが、莊一は道子の顔を見ると急に逃げ出す。数年後、寺尾家は火事になり、火の中を逃げ惑う道子を寺尾は助け出す。大火傷をして瀕死の寺尾は道子に愛を打ち明ける。この火事の迫力は半端じゃない。
長男はチャブ屋の女と心中し、道子は長島と離婚して子供を育て、そこに文士が遊びに来る。雪だるまを作る子供を見ながら文士は言う。「あなたに打ち明けなかった私の愛は、さびしい愛でした」。波乱万丈のドラマをロングショットを多用して見せ切る演出力に唸った。清水宏がわずか28歳の作品とは。
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