#MeToo告発されるフランスの監督たち
フランス映画のヌーヴェル・ヴァーグはあまりに有名だが、その後に出てきた監督たちは「ポスト・ヌーヴェル・ヴァーグ」と呼ばれる。具体的にはジャン・ユスターシュ、フィリップ・ガレル、ジャック・ドワイヨン、ブノワ・ジャコー、シャンタル・アケルマンといった監督たちだ。
ヌーヴェル・ヴァーグの監督たちは全員亡くなったが、「ポスト」の世代の監督たちは早逝したユスターシュを除くと80歳前後でみんな元気。ところが、昨年から今年にかけて彼らが続々と#MeTooの流れでセクハラ告発されている。
先陣を切ったのは1948年生まれのガレルで、アンナ・ムグラリスは『ジェラシー』(2013)撮影後に会うと、次の作品の取材と言われ、彼女の部屋でセクハラにあったという。これに対して数名の女優(日本では無名)も実名告発している。なかには「オレと寝たら役をやる」というのもあったようだ。
次にやられたのはドワイヨン(1944年生まれ)とジャコー(1947年生まれ)で、今月になってジュディット・ゴドレーシュが2人を批判した。ドワイヨンは『15歳の少女』(1989)でまさに15歳の彼女を起用したが、監督は恋人の父親で彼女に恋する役を演じた。撮影はドワイヨンの恋人のジェーン・バーキンの部屋で裸のゴドレーシュを抱くシーンを45回撮影したという。それもバーキンの見ている前で。
私はこの映画を89年にブラジル出張中に見たきりで、今見るとどうなのかわからない。国内では配信もDVDもない。この告発に対して、アンナ・ムグラリスやイジルド・ル・ベスコもドワイヨンの別の作品の撮影中にセクハラを受けたと証言した。
さらにゴドレーシュはジャコーが15歳の時から関係を強いて数年間同居したことに対して、未成年に対する罪を告発した。これに対してもイジルド・ル・ベスコなど複数の女優が「私も撮影の時に」と証言している。
気になって、ジャコー監督でゴドレーシュの出世作となった『デザンシャンテ』(1990)をアメリカのDVDで久しぶりに見た。17歳の少女が本能のままにしぶとく生きる姿を鮮烈に描いていて、やはり秀作だと思った。特典映像ではジャコーがゴドレーシュが物語やセリフの半分を作ったとアメリカのジャーナリストに述べていた。さてこの作品は今後葬られるべきなのか。
『15歳の少女』も『デザンシャンテ』も、DVDはフランスでは中古も見つからない。これはみんな買ったからか、販売元が止めたのか。ところでドワイヨンの『ポネット』(1995)は日本でもフランスでも見られるが、いくらなんでも4歳の娘で性愛の描写はゼロなのでいいのだろう。
最近批判されているヴィスコンティもベルトルッチも、もう亡くなっているし、性に寛容なイタリアの話だ。フランスの3人は、80歳前後になって今頃批判されてもなあと思っているのだろうか。3月末に予定していたドワイヨンの新作は公開が危うそうだ。それにしても、同じポスト・ヌーヴェル・ヴァーグでもシャンタル・アケルマンはフェミニズムの先駆者として評価は高まる一方なのに。
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