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2024年2月 2日 (金)

「させる」「使う」人生

茨木のり子のエッセー集『言の葉さやげ』を読んで、「あっ」と声を出しそうになった。この中の3つ目の「「させる」と「使う」」という文章を読んでいた。この著者は詩人だが、私はまともに彼女の詩を読んだことはない(というか「現代詩」は全く知らない)。

高橋源一郎さんがどこかで彼女のエッセー集『ハングルへの旅』に触れられていたので、文庫を見つけて買って読んだらずいぶんおもしろかった。当時は韓国語を学んでいたので(今は中国語!)なおさらだった。そこでまた文庫のエッセーを見つけたので読み始めた。

この文章の始まりは「編集者のよく使う言葉に「書かせる」という言い方がある。「〇〇に書かせた」「〇〇をXXに連れて行ってルポを書かせようと思っています」などと、ごく普通に言う」。

もちろん茨木さんはこの言い方が大嫌いだ。さらに「原稿料の多く出せる大出版社、大新聞になればなるほど「書かせる」が多く飛び出してくる」とある。当然ながら「大新聞」に長年勤めた私は、かつていつも「誰に書かせようかなあ」「あんな奴に書かせちゃだめだよ」と言っていた。

文化事業部は新聞紙面を作っていないから「書かせる」ことは少ないように見える。ところがカタログの原稿や翻訳、あるいは新聞の特集記事やPR関係で「書かせる」ことは意外に多い。編集局文化部に1年半いた時は、まさに「書かせる」の嵐だった。文化部は、大半を記者が書く社会部、経済部などより依頼原稿が格段に多いから。

さらには「言わせる」と言って、識者にコメントを取ることも多かった。自分の主張がある時に、自分の思い通りのコメントを言いそうな人に「言わせる」。全く予想外のことを言われた場合は「使わない」。そして、茨木さんの文章の後半はまさに「使う」をめぐってだ。

「演劇・マスコミ関係の人々が頻繁に使う言葉に「使う」というのがある。/「今度あれを使うことにした」「初めて〇〇を使ってみたんだが、あれは使えるよ」/使うを用いて指す対象は、俳優であったり、脚本家であったり、音楽家であったりする。とにかくヒトである。しかしこの言葉から浮かんでくるのは将棋の駒」

私も最近、ある学会の機関誌編集委員会で査読を頼むのにかなりのベテラン学者について「あの人は使い勝手がいい」と言った若手がいた。これはさすがにカチンと来たが、何も言わなかった。でも私も「アイツ、使えないないなあ」などはよく言う。非常勤講師を頼む時も「やらせようか」「使ってみようか」

新聞社時代は「させる」「使う」の人生だった。せめて大学では、こんな言葉は止めようと思った。

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