初台で昔を思い出す
最近は何を見ても昔のことを思い出すが、初台で転んだ後にソファでじっと時間をつぶしながら思い出したのは、中村敬冶さんのことだった。前回、1990年に日本のビデオアートの1980年代アンソロジーを作ってダムタイプの「Pleasure Life」を選んだと書いたが、その時の作品選考委員の一人が中村さんだった。
もともとこの企画は森岡祥倫さんと森下明彦さんからの持ち込みで、彼らから挙がったのが中村さんの名前だと思う。森岡さんも森下さんもその後大学教授になったが、当時はフリーだったので、アカデミックな中村さんを加えたのかもしれない。彼は当時は国立国際美術館の研究員で、その前は同志社大学の専任講師という変わり種だったが、この時初めて会った。
「変わり種」というのは、普通は美術館を務めた後に大学へ移るが、中村さんは逆だったから。私も含めた4人で作品を見てからどれを入れるかを決めたので何度も会議した。京都造形短期芸術大学(今の京都芸術大学)にいた松本俊夫さんの研究室に行って作品を見せてもらったこともあった。できたのは全9巻のアンソロジー。
中村さんはその後美術館で学芸課長になったが、自ら向かないと勝手に降りてしまった。さらに彼は、まさに今「坂本龍一展」をやっているNTTのICCができた時に副館長兼学芸部長として転職した。その頃は彼を訪ねてICCに荒川修作展やビル・ヴィオラ展を見に行った。彼は2005年に亡くなったが、それを知ったのはかなり後だった。
中村さんで覚えているのは、「本を書いても、雑誌に文章を書いても、結局資料代の方が高くつくんだ」という言葉。これが記憶に残ったのは、その後私自身が経験して何度も思い出したからだろう。自分の昔の経験を並べた『美術展の不都合な真実』以外は、映画のパンフに至るまで、今まで書いたものすべてそうだった。
そういうことを考えていたら坂本龍一展は見終わり、何となく1階下のオペラシティ・アートギャラリーも見ることにした。3月24日まで開催の「ガラスの器と静物画 山野アンダーソン陽子と18人の画家」で、私はガラス工芸に興味がないけれどポスターが軽やかな感じで惹かれた。
私は中心となっている山野さんも知らないし、参加した18人のうち見たことがあるのは伊庭靖子さんのみ。ただ展覧会の作り方としてはかなりおもしろい。山野さんはスウェーデンに住むガラス工芸作家で、知り合いの画家18人に自分が描いてみたいガラスの形を聞き、彼女が制作した。
展覧会には画家の希望でできたグラスや瓶と、それを見て画家が描いた絵、画家のアトリエに並ぶガラス製品の白黒写真が並ぶ。この創造の往復が妙におもしろかった。さらに上の階の所蔵品ギャラリーは静物画を特集していて、どこかつながっていた。伊庭靖子さんの絵画も5、6点。この画家は私が新聞記者時代に最後に取材した人物だったことも思い出す。
さらには五味文彦や落田洋子などのちょっと幻想的な静物画も十分に楽しんだので、転んだことは忘れた。
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