『ビニールハウス』の描く現代の韓国
3月15日公開のイ・ソルヒ監督『ビニールハウス』を試写で見た。まずチラシやポスターの「半地下はまだマシ」というキャッチコピーに惹かれた。もちろん「半地下」は大ヒットの韓国映画『パラサイト』が見せた世界だったが、確かにあの映画の調子の良さよりももっとダークな世界がありそうな気がしていた。
そしてもう一つは29歳の女性監督が作ったということ。今の韓国の若者がどのように貧困や格差社会を描くのか、ちょっと興味があった。結果は思いのほかコテコテの負の連鎖で、ちょっとホラー映画を思わせるくらい。
韓国では今もビニールハウスに住む人がいるというのは、ニュースで見たことがある。立ち並ぶビニールハウスに黒い布をかけて多くの人々が出入りしていた。ところがこの映画で主人公の女性ムンジュンが住むのは、大きな空地に一つだけ立っていて、中はそれなりに広くそんなにひどくはない。もちろん天井からゴキブリが落ちてきたりはするが。
というよりも、周りは雑草が生えた何もない空地にポツンと立つ黒いビニールハウスの不気味なイメージがこの映画に必要だったのだと思う。それは、彼女が将来住もうと夢見るマンションの高層階の非人間的な空間とも呼応する。
ムンジュンの中学生くらいの息子は少年院にいて、訪ねてもほとんど口をきいてくれない。そのうえ、彼女の母は介護施設にいる。ビニールハウスに住みながら元大学教授で目の見えない男と認知症の妻の家に通って介護の仕事をし、将来息子と住もうとマンションを見て回る。教授の妻は妄想を抱き、ムンジュンに暴力を振るう。
これだけでも十分にコテコテなのに、彼女は自分で自分の頭を壁に打ち付ける自傷行為を繰り返し、病院の紹介でグループセラピーに通う。そのグループではみんなで自分の不幸な体験を語り合うが、そこで出会ったいかにも怪しげな娘のスンナムはムンジュンに近づき、彼女のビニールハウスに住み始める。
さらにムンジュンには教授の弟子で彼女を好きな若い男がいて、いやいやながら関係を続けている。この負の連鎖に自殺や事故死や放火も加わって、収拾がつかなくなるというもの。いや、実は最後は見事なくらいストンと落ちる。これだけの暗黒を巧みに見せ切る力量はなかなか。
そして、あらゆる表情を見せるムンジュンを演じるキム・ソヒョンを始めとして俳優陣が充実している。教授のおっとりした感じもいい。彼の友人達さえも見ていて楽しい。新人の映画にこれだけの俳優が揃う韓国映画界は、やはり日本より先に行っているようだ。
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