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2024年3月31日 (日)

『悪は存在しない』に驚く

4月26日公開の濱口竜介監督『悪は存在しない』を試写で見て、驚いた。またまた新しい世界を切り開いていたからだ。最初にタイトルが赤や青で鮮やかに出てきた時、「ゴダールじゃあるまいし」と思って心配になった。それは始まってもしばらく続く。

動く車にカメラを構えて冬の木々を下から撮ったような白黒に近い「アート」映像が始まった。『Perfect Days』か、ちょっと長い。合間にキャストやスタッフが入る。音楽はストレートに強く、迫ってくる。これまた音と映像の根源に迫るようで、どこかゴダール風で落ち着かない。

ところがそこから映像は突然具体的になる。髭をたくわえたもっそりした「たくみ」と呼ばれる男(大美賀均)が、チェンソーで木を切る。さらに斧で小さく切る。そしてもう1人の男と湧水を汲みに行く。そして「忘れてた」と慌てて娘を幼稚園に迎えに行くが、もう1人で帰っていた。ようやく娘と落ち合う。

長野の山奥の小さな村だが、ある日「グランピング」施設を作る計画が知らされ、急に説明会が開かれた。「グランピング」とは私は知らなかったが、豪華なキャンプ場のようだというのは、映画を見るとよくわかる。これは実は東京の芸能事務所が経営難でコロナ禍の補助金を目当てに計画されたものだということを、村の茶髪の若者は説明会の前に見ぬく。

説明会ではいかにも芸能事務所風の男性・高橋(小坂竜士)がパワーポイントで説明を始める。横には秘書風の女性・薫(渋谷采郁)。最初はそれらしく見えるが、説明後に住民が質問を始めると、少しずつ揺らいでくる。人員配置が少なすぎるという素朴な質問から、水の流れという本質的な疑問まで。

最初は「貴重なご意見ありがとうございます。持ち帰りまして、参考にさせていただきます」とうまく切り抜けようとしていたが、質問者が増えるにつれてだんだん追い詰められる。このあたりの空気の変化の作り方はこの監督ならではで、思わぬ展開になってしまう。いつの間にか高橋は沈黙し、薫が仕切る。

東京に戻った2人は社長を交えてコンサルタントとオンラインで会議をするが、高橋たちの意見は通らない。もう一度行ってこいと言われて高橋は薫と車に乗るが、そこで彼らのそれまでが語られて物語はヘンな方向に行き始める。さらに現地でたくみと会うと、摩訶不思議なかつ深刻な展開に巻き込まれてゆく。

映画が終わったら、まさに「狐につままれた」状態。最後には自然の力というか、音と映像を研ぎ澄ました世界に戻り、ゴダールのような感じで終わる。コロナ禍で芸能事務所が山村に企画する怪しい宿泊所という俗悪なものが、聖なる世界と一続きになっており、その中で人々は濱口式に変貌してゆく。

今回はこれまでの濱口作品に比べると一番即興のような、一見何も考えずに作ったような感じだが、やはり魅力はたっぷり。

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