最初にパリに行って40年がたった:その(2)
先日、初めてパリに行って荒井さんとランチで牛肉のシチューを食べたと書いたが、その後あれは「ブッフ・ブルギニョン」だったと思い至った。直訳すると「牛肉のブルゴーニュ風」で、赤ワインで牛すね肉や頬肉を煮込むブルゴーニュ地方の料理。
もちろんワインはブルゴーニュ産でないといけない。実はこの料理はフランスのレストランではあまりメニューにない。理由はわからないが、時間がかかる割には見た目がぼてっとしてさえないからか。いずれにせよ、当時の私には大変おいしかった。
それから、荒井さんにパリ第三大学に連れていってもらった。そこは「新ソルボンヌ」と言う名で、演劇学科や映画学科や外国語学科があった。私は事務局に行って、9月から1年間第三学年に編入したいことを伝えて、必要な書類を確認した。これはものの5分で終わり、あとは学内見学。ずいぶん小さいし、汚いなと思った。
それからホテルに戻り、当時通っていた福岡の大学のフランス人のブーヴィエ先生の学生時代のお友達に電話した。するとその晩にも夕食に来ないかとのこと。その後の時間はどうしたか記憶にないが、たぶんプラハ行きの列車のチケットを買いに東駅に行ったのではないか。
お友達の家はレピュブリック広場の近くだった。私がカルチエ・ラタンのホテルに泊まっていると言うと、「そりゃ高いよ」とのことで彼らの家の近くのホテルに電話して予約してくれた。1泊8000円くらいだったのが、3000円になった。
さらに「太陽劇団を見たいと思っている」と言うと、「知り合いがいるから」とすぐに電話をしてくれて、翌日の夜のチケットを取ってくれた。そこで食べたのは牛肉のカリフラワーソテー。これまたおいしかったが、家庭料理なのかレストランでは見たことがなかった。
太陽劇団は当時日本でも話題になっていた。パリ郊外の劇場に行ってみると、大きな倉庫を改造した場所で『リチャード2世』を見たと思う。歌舞伎や京劇を取り入れた大胆な演出で、見ていて飽きなかった。隣にいた夫婦は演じている役者の1人の両親とのことで、私に歌舞伎の様式は間違っていないか聞いてきた。
それから数日後、プラハに行った。なぜプラハに行ったかと言えば、カフカが好きだったこともあるが、福岡でお世話になっていた梁木靖弘さんがいいと言っていたからだと思う。夜9時くらいの出発で朝にドイツに着き、夜の7時頃にプラハに着いた。何と私はホテルの予約をしておらず、周りにいたチェコ人旅行者でフランス語ができるおじさんにどこかないかと聞いた。
その人は駅に着くと地下鉄に案内してくれ、ある駅で右の出口を出ると安めのホテルがあると教えてくれた。そこへ行くとそれなりに立派な三ツ星ホテルがあって、私はそこに泊まった。それにしても、40年前のことをなぜこんなに克明に覚えているのだろうか。
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