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2024年3月25日 (月)

清水宏ふたたび:その(3)

今回清水宏をまとめて見て、一番驚いたのは『霧の音』(1956)だった。清水宏はやはり戦前の子供を中心とした映画が有名で、松竹を追い出された戦後は『蜂の巣の子供たち』(1948)などの戦災孤児ものを除くとあまり話題になっていない。大映に移ってからの「母もの」の評価も高くない。

『霧の音』は子供ものでも母ものでもない、純然たる恋愛メロドラマだった。これが実にツボを心得た演出で見ていてドキドキした。内容は上原謙と木暮実千代の悲恋というか、すれ違いドラマで、これが巧みに構成されている。

最初は現代(1956年)で、老いた上原謙が娘とその夫と共に、中秋の名月の日に信州の山小屋に行く。そこから9年前に戻る。上原謙は植物学者でその山小屋で調査をしていたが、助手の木暮実千代との間に愛情が芽生えていた。上原の妻がそこに現れて、小暮は身を引いて別れの手紙を書く。

3年後の名月の日、妻を亡くした上原は娘と共に山小屋に行く。その離れには芸者となった木暮が呼ばれていた。露天風呂に入った彼女は上原の歌声を聞いて小屋に近づくが、上原は娘が病気で出て行き、すれ違う。さらに3年後、上原が行くと木暮は3年前の客と結婚していた。その夫がいなくなり、2人が再会するロングショットの長い沈黙の後に、上原が「いいご亭主じゃないか」と切り出す。

そして2人は外を歩きだす。木暮は3年前にすれ違ったことやその時に既に上原の妻が亡くなっていたことを知り、愕然とする。そこに木暮の娘が来る。「似ているよ、可愛がるんだね」。さらに3年後、冒頭の場面に戻るが、そこで上原は木暮が亡くなったことを知って泣く。彼女は上原が博士号を取ったことを新聞で知って喜び、著書を買って繰り返し読んでいたという。

このメロドラマが、絶妙なロングショットのカメラの移動と切り返しで展開する。まるで溝口健二ではないかと思ったら、脚本は依田義賢で撮影時期は溝口の死の直後。木暮実千代が露天風呂に入る妖艶なシーンなどまるで『雪夫人絵図』である。

戦後、松竹を離れて自主制作から東宝、新東宝での製作を経て、1956年に大映に移ったのは溝口の紹介だった。移籍第一作は『人情馬鹿』で、主演は角梨枝子と菅原謙二だからメジャー感はない。オートバイのセールスマン菅原がキャバレー歌手の角に入れ込んで会社の金を使い込むという物語。

角は菅原に最初は冷淡だったが、犯罪が発覚して菅原の母・滝花久子の話を聞いて「一生に一度くらい本当のことがしてみたい」と思い、角を無罪にすべく動く。オートバイの代金の受領書を借用書に変えてもらう交渉を引き受けるが、お金を払った人々はなかなか了承しない。製本屋の女社長・浪花千栄子とは大阪弁で仲良くなり、建設会社の社長・進藤英太郎には捨て身の説得に成功。

このあたりの大映の名脇役たちがお見事で、見ていて楽しい。結局菅原は釈放されるが、角は去ってゆく。角と滝花が2人で歩く移動撮影がいい。傑作とは言えないが、見どころがいっぱいだ。

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