『すべての夜を思いだす』の描く多摩ニュータウン
かつて多摩ニュータウンに住みかけたことがあった。住宅がどんどん高くなっていくバブル真っ最中の80年代末、私は多摩ニュータウンにある公団の新築マンションに申し込んだ。当時は10倍ほどの倍率で「補欠」だった。結局私まで回って来なかったが、当たっていたら住んでいたに違いない。
申し込んだのみで、現地には行っていなかった。その後も多摩地区には中央大学や多摩美術大学には行ったけれど、ニュータウンはついぞ行ったことがなかった。今回、清原惟監督の『すべての夜を思いだす』を劇場で見て、その空気感をたっぷり味わった。
ここができたのは50年前だから、もう十分に時間がたって落ち着いてちょっとレトロな感じになっている。マンションも戸建ても計画的に配置されており、公園や林など緑もたっぷりだが、逆にどこまで行っても同じで迷ってしまうようだ。
映画はそこにやってくる3人の女を描く。40歳くらいの女性はハローワークにいる。以前やっていた着物の着付けの経験が生かせる仕事を探すが、なかなかない。ある時、友人からの葉書を頼りにニュータウンを迷いながら探す。
30歳くらいの女性はガス検針員で、ニュータウンの各戸の数字を調べて印字してポストに入れる。彼女は住民に話しかけられたり、行方不明の老人を案内しようとしたり。そして仕事が終わると写真店を経営する恋人を訪ねる。
女子学生の夏は、この町で生まれ育ち一年前に亡くなった恋人の跡をたどる。大学には行かず公園でダンスをし、恋人の実家を訪ねて母と話す。友人と会って縄文土器の展覧会を見たり、夜に花火で遊んだり。3人の女たちはそれぞれかすかにすれ違うが、それ以上の展開はない。なにごとも起こらず、初夏の1日が過ぎてゆく。
ちょっと『彼方のうた』などの杉田協士監督の作風を思わせるが、こちらはそれほどの「切なさ」はない。なんとなく暮らしている女性たちのごく普通の日常をニュータウンの雰囲気とともに丸ごと見せる。その映像はどこを切っても親しげで気持ちがいいが、それだけと言えばそれだけ。見ている私の心が高鳴ることはなかった。
見終わってしばらくすると、だんだんといいものを見た気分にはなったから不思議だ。それにしても、高齢者が目立つ多摩ニュータウンの映画を見て、公団によるあの日本最大のベッドタウン計画は成功だったのだろうかと、改めて考えた。
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