練馬の池上秀畝展
4月21日に終わったが、練馬区立美術館の「池上秀畝」展がおもしろかった。この美術館は私の勤務先に近いので少し時間ができた時によく気分転換に行くが、この展覧会は「高精細画人」とか「私は新派でも旧派でもない」というキャッチが気になった。
実を言うと、私はこの画家の名前を知らなかった。一応専門である映画に関して言えば、多くの監督の名前を古今東西知っているつもりだが、美術だとそうはいかない。15年ほど美術展に関わったとはいえ、もともと専門に勉強したことはないし、それ以上にとにかく美術の歴史は長い。
1万年前のラスコーの壁画まで遡らなくても、1万年前の縄文土器から日本には確実に「美術」がある。映画はたかだか100年とちょっとの歴史なのだから、大学で教えるからには古今東西の映画を知悉していないといけない。学生に『オッペンハイマー』について聞かれても、「アメリカ映画は専門じゃない」と言ってはならない。
言い訳が長くなったが、池上秀畝は1874年生まれで1944年まで生きたから、20世紀前半の明治、大正、戦前の昭和の画家である。同じ長野で同じ年に生まれた菱田春草に比べて知られていないのは、菱田は「新派」に属し池上は「旧派」に属するからだという。つまり江戸時代からの日本画をそのまま受け継いだからということか。
道理でこの個展には屋敷や御殿用の絵も多い。プライベートな空間を任せるには「旧派」が安心だったのか。オーストラリア大使館所蔵の板絵《桃に青鸞図》(1928)とか、目黒雅叙園の襖絵(これは映像のみ)とか。全体がいわゆる花鳥風月ばかりだが、何種類もの鳥の克明で豪華な描写など思わず見入ってしまう。
彼は戦争画も描いていて、遺作の『神風』(1954)は元寇の神風を描いた4枚の屏風絵。遠くから見たら単なる嵐の絵にしか見えないが、近づくと小さな船が嵐によって蹴散らされている様子がわかる。この絵は展示の一番最後にかけてあったが、それまでの豪華絢爛から一転して質実剛健な感じになっている。
もちろん藤田嗣治のようにガダルカナル島の激戦で日米の兵隊たちが殺し合う様子を描くわけでも、日本の戦闘機が敵陣を爆撃するシーンを見せるわけでもない。かつての元寇の役を想像して描くだけだが、それでもひたすら自然を細部まで見せてきた高齢の日本画家にとっては、相当の無理をしたのではないか。
「旧派」にはほかにも面白い画家がいそうだ。明治以降の美術史観にとらわれず、どんどん個展を開いて欲しいと思った。
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