何はともあれ『オッペンハイマー』
クリストファー・ノーラン監督の『オッペンハイマー』を劇場で見た。去年の7月にアメリカで公開が始まって、早く見たいと思っていた。ノーランが原爆を開発した物理学者を描くなんて、それだけで刺激的だ。それに「オッペンハイマー」という名前の音の響きが、妙に気になった。
なんとなく「オッペンハイマー」という言葉が心に刻まれて数カ月が過ぎた。そして見た結果は、「期待したものとは違ったが、おもしろかった」という、よくある感じ。何を待ち望んでいたかは自分でもよくわからないが、とにかく映画の半分が戦後の公聴会のシーンだったのにびっくりした。
つまりは「赤狩り」の異常さを描いた映画だったのだ。その意味ではアメリカ映画ではこれまでにもあったテーマである。アメリカ人にとっては、赤狩りの恐怖の方が、原爆の被害よりもリアルなのだというのが、第一の感想。
私が期待したのは、どのようにして原子爆弾が生まれるかという科学的テーマをノーランだったら映像として見せてくれるのではないかというものだった。理論物理学や量子力学から実際に核融合反応が起きる過程が、私のような理科や科学音痴にもわかったらいいなあと勝手に思っていた。でもそれはなかった。
映画が描いたのは、キリアン・マーフィ演じるオッペンハイマーが見たもの、聞いたもの、感じたものである。前半、アメリカのハーバード大学からイギリスのオクスフォード大学に行き、もっと理論を極めたくてドイツに行く。そしてカルフォルニア大学バークレー校で教え始める。
オッペンハイマーという天才は直感で突き進む。そしてグローヴス准将(マット・デイモン)に誘われて、ニュー・メキシコ洲にロス・アラモス研究所を設立。砂漠のような場所に何千人も住み始め、実験が繰り返される。そして3年後、最後のトリニティ実験が成功した時には既にドイツは降伏していた。
グローヴスはポツダム宣言準備中のトルーマン大統領に実験の成功を伝える。科学者たちの中には降伏寸前の日本に原爆を使う必要があるのかと言う者もいたが、2個の原爆はロス・アラモスを出発し、誰も止められない。オッペンハイマーは早い時期から原爆を想像し、悩む。
トリニティ実験ではその凄まじい効果が十分に伝わってくる。原爆は広島と長崎に投下され、戦争は終結する。彼は「原爆の父」として「タイム」誌の表紙になる。オッペンハイマーを祝う会で、大騒ぎする参加者たちが原爆の炎に包まれる姿を想像する。
実際の原爆の被害は一カットもないが、恐ろしさは十分に伝わる。それにしても「赤狩り」の公聴会シーンは私には長すぎた。何はともあれ、必見の映画。
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