『ラジオ下神白』が見せる人々
小森はるか監督のドキュメンタリー『ラジオ下神白』を劇場で見た。この監督は『息の跡』(2016)が抜群におもしろかったので、その後の作品を続けて見ている。『息の跡』もそうだが、どれも東北大震災のその後を追ったものだ。
今回はいわき市の下神白(しもかじろ)団地に住む浪江、双葉、大熊、富岡の町から避難してきた人々に焦点を当てている。より正確に言えば、そこで「ラジオ下神白」というラジオ番組風のCDを作る若者グループの制作過程と住民たちの交流を描いている。
中心となるのはアサダワタルという大阪出身の男性と東北出身の女性2名。彼らは東京に住んで、時々訪ねて来て高齢の住民たちにインタビューをしてラジオ番組風にまとめ、そのCDを配っている。映画はそのインタビューの様子やその後の訪問、そして歌が好きな彼らのために生演奏で歌う機会を設けるクリスマス会などを見せてゆく。
最初は、東京から時々通ってきてCDを作るのはちょっと自分中心じゃないかとも思ったが、老人たちは彼らと会うのが本当に楽しそう。特に歌うのが好きで同時に嬉しそうに歌にまつわる話をする。「いみ子さん」という女性は『宗右衛門町ブルース』を歌いだすとマイクを持つ手も顔も震え出す。そんなにうまくはないが、何よりも歌が好きという彼女は大きな存在感を見せる。
東京に住んでいたという「けい子さん」は『青い山脈』が大好きだ。「ラジオ下神白」のメンバーを自分の90歳の誕生日に呼んでパーティをする。知り合いから贈り物が届くとお礼の電話をして、「今、お友だちが来ているの」とごく自然に言う。
クリスマス会に集まるのは20人余りか。集まるバンドのメンバーは公募したという。歌詞を書いた大きな紙を見せながら、音程のはずれる人にもきちんと合わせて演奏する。参加しているみんなが幸福そうで、その一人一人の顔に見入ってしまう。かつて住んでいた町を追い出されて、無機質な団地に暮らしている中での貴重な一瞬だろう。
監督の小森はるかは、撮影も編集も自分で担当する。あえてドラマを外したような、何気ない小さな表情や仕草を捉えるような、繊細な見せ方で住民も若者も見せてゆく。見ていて本当に気持ちがいいし、泣いてしまった。母を思いだしたからかもしれない。
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- 『ドールハウス』のバカバカしさ(2025.06.23)
- 今さら映画の入門書?:その(2)(2025.06.17)
- 家庭用の紙フィルムとは(2025.06.21)
コメント