『関心領域』はおもしろいか
ジョナサン・グレイザー監督の『関心領域』を劇場で見た。第一印象としては、21世紀らしい新しい映画、という感じ。『哀れなるものたち』や『落下の解剖学』などと同じく(ベクトルは違うが)、今だからこそ作られる映画だと思った。
この映画に関して何がそうかと言えば、画面からどの音が聞こえて何が見えるかという問題を中心テーマに据えて徹底的に追及している点。アウシュヴィッツ収容所の隣にあるルドルフ・ヘス所長の邸宅が舞台で、塀の一つの向こうには収容所の建物がある。監視塔には絶えず行き来する人影が見え、煙突からは人体を焼いたのかいつも煙が上がっている。
そしてその邸宅には何かしら収容所の物音が聞こえる。叫び声や走る音、銃声のような音、小さなうなりのような音。少し離れていてどれも明確には聞こえない分、気味が悪い。完全な静寂は夜中もなさそうだが、ヘスも家族も使用人も誰も気にしている風はない。昼間は遠くの物音にヘスの子供たちの遊ぶ明るい声が混じる。
そしてヘスやその家族は時々、収容所からの「戦利品」を手にする。夫人(ザンドラ・ヒューラー)は豪勢な毛皮のコートを満足そうに着るし、10人近い使用人たちには下着を分け与える。ヘスがオフィスで数えている紙幣もそのようだし、一度は囚人服の若い女をオフィスに引き入れる。ほかにもあったかもしれない。
そして子供たちはもちろんのこと、ヘスも妻もその生活に満足している。ヘスの誕生日に幹部たちが二十人以上家の庭にやって来る時のグロテスクさとヘスの嬉しそうな顔といったら。妻に至っては、ヘスが昇進でアウシュヴィッツを離れる辞令が出ても、夢に見た生活をようやく手に入れたのだから自分と家族は残ると言い張る。
映画は冒頭に黒い画面を2、3分出して不穏な音楽を聞かせる。最後のクレジットでも同じような音楽をビンビン響かせる。そのクレジットの前には、現代のアウシュヴィッツ博物館の朝の清掃の様子が淡々と見せられる。もう、「効果」は抜群だ。
昔の映画青年の私なら、こんな計算づくの映画はいらない、と言ったかもしれない。しかし今は、21世紀の映画としてこういうのも悪くないと思う。ちなみに「関心領域」Territory of Interestとはナチが収容所一帯を読んだ言葉だと、昨日の「朝日」の天声人語に書いてあった。私はヘス一家の「関心領域」かと思ったが、そうではないらしい。
それにしても、「関心領域」とは妙な言葉だ。邦題が直訳でよかった。そう言えば冒頭にこの英語が出てくるので、てっきり全編が英語かと思ったが、ドイツ語だったのみよかった。あの不条理な空間はドイツが響かないとリアリティが出ないだろう。
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