私は逃げ切りか
この2、3年前からふと考えるのが、「自分の世代は逃げ切った」ということ。世界には戦争があちこちで勃発し、気温はあがって温暖化は進む。もはや日本は亜熱帯だ。プラスチックごみや二酸化炭素の排出は世界を覆う。SDGsなんて口だけで、実際は無理だと誰もがわかっている。
国内を考えると、物価がどんどん上がるが各自の収入は増えない。不景気で買い控えが進み、経済全体が停滞する。政治家は裏金を作り、企業は円安の収益を還元せずに内部留保する。一方で一部の金持ちや外国人がタワマンとやらを買い占めて、不動産全体が高止まり。
そして女性差別は相変わらずで、世界的にも稀なマッチョ社会が今も続く。大企業は同時期の一括採用を続け、一部の有名大学しか受け入れない。外国人は日本語が驚異的にできない限り採用せず、日本企業の国際競争力は落ちる一方。そのうえ、ダラダラと長時間労働で効率は悪いうえ、終わると社員同士で飲みに行く。
唯一の救いは外国人観光客が増え続けていることくらいで、この国は物価が安くて治安がよく、人は親切で金さえあれば暮らしやすいし、食べ物はおいしく、寺社や温泉など観光地も多い。まあ、そのせいでホテルは高くなったし、京都などに行くと観光公害は深刻だけど。
日本はもはや観光で生きてゆくしかないのでは。1980年代、つまり大学生の頃、パリに住んでイタリアやスペインに旅行すると、「この国は観光で食っている」と半分馬鹿にした目で見ていたが、まさか40年後に日本がそうなるとは思わなかった。
15年前から大学で教えているが、学生を見ていると、正直なところこれからの日本で社会に出てゆくのは辛いだろうなと思う。大半は安月給かフリーで、場合によっては空いた時間にウーバーやアマゾンの配達員もしないといけないかもしれない。ここまで高騰した都内のマンションはどうすれば買えるのか。
大学は文科省が独立行政法人化した20年前あたりからずいぶんおかしくなった。何でも「競争的資金」で書類ばかり書かせる。最近はフランス語やドイツ語はもはやほとんど教えなくなった。あるいは文学や哲学もどんどん減っている。文科省は、補助金をたくさん出す一流大学と専門学校的なその他大学を区別し始めている。
大学はこれからもっと変わるだろう。私のような元文学青年、映画青年、哲学青年の居場所はあと10年もすればなくなるかも。世界はもっと悪くなり、日本はそれ以上にひどくなる。私は年金をもらいながらも文句を言いつつ見ているだろう。そういう意味での「逃げ切り」である。
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