人間ドックの幻影
毎年、7月になると人間ドックを受ける。2時間ほど、言われるがままに身長、体重、血圧を測り、血を採られ、レントゲンを撮られる。今年、急に恐ろしくなったのが聴覚の検査。暗闇でヘッドホンをして、音がしたらボタンを押すやつだ。
私はその暗いボックスに入ると妙に息苦しくなった。真っ暗な狭い空間でこのまま死にそうだ。暗さを感じないために目を閉じたが、それがまたよくなかった。何だか棺桶の中で寝ているような気分になった。ふと気がつくと、どこかで金属音がしているので、慌ててボタンを押す。
その音が終わったのでボタンを押した指を離すが、私の中ではその金属音は続く。むしろどんどん大きくなる。次の低い音が聞こえてきても、まだ金属音は残っている。相当に混乱してやみくもにボタンを押した。しばらくすると落ち着いて、普通に音が聞こえだした。前半に混乱したせいか、ずいぶん時間がかかった。
逆に今回うまくいったのが、肺活量検査。管を加えて息を吸い、「ヒューッ」と一度に吐き出すのだが、これが昔から苦手だった。どうも力の入れ方がわからず、いつも「少ないのでもう一度」と言われた。3、4回やって「まあ、いいでしょう」となるのが通例だが、今回は一度で「年齢平均を遥かに超えています」と言われて嬉しかった。
もちろん一番苦手なのは胃のバリウム検査。最近は2、3年に1回にしているが、今年はやることにしていた。私の行く病院で検査するのはいつも70歳近い男性で、元気に明るくやっているが、容赦ない。私の前の男性は疲労困憊して出てきた後に、持っていた袋からコカコーラのペットボトルを出してゴクゴクと全部飲んだ。
それを見て、突然、何十年も前の光景が蘇った。福岡のどこかの病院で私の前に検査をした40歳くらいの労働者風の男性は、終わると突然弁当を広げて「ああ、お腹が空いたあ」と声を上げた後に猛烈な勢いで食べ始めた。そうして私の名前が呼ばれる2、3分の間にぜんぶ食べてしまった。
私はたぶん肝炎で入院する時で、全く食欲がなかった。健康というのは、ああいうものかと考えた。いつか自分にもあの食欲が戻って来るだろう。いつか胃のバリウム検査に弁当を持ってゆく日が訪れるかと。ところがその後、その弁当のことを考えることはなく、40年以上たった。
2年後にまたバリウム検査をする時は、せめて半分凍らせた「ソルティライチ」のペットボトルでも持参して飲もうかと思った。それにしても、63歳にもなると人間ドックも疲れる。
| 固定リンク
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 飛行機のトラブル(2026.09.07)
- 美術と映画をめぐって(2026.08.26)
- 本を売る(2026.08.20)
- 人生の僥倖(2026.08.09)
- いつの間にかイタリア映画の専門家に(2026.08.07)


コメント