この暑さで授業をする大学とは
昔も今も、小中学校の夏休みは7月20日前後から8月末までと決まっている。北海道など地域によっては数日ずらすようだが、これが基本で変わっていない。かつて、私が大学生だった頃の大学の休みは7月初旬からだった。
小中学校より早く始まり、遅く始まるのが大学の夏休みだった。2カ月以上あったから、例えば実家に帰って全集を読んだり、どこかの旅館に住み込んでバイトをしたり、海外に1カ月滞在して語学を学ぶこともできた。
ところが今は7月末まで授業がある大学がほとんど。大学によっては8月に数日授業をやる大学さえある。そして9月の10日頃にはもう再開する。かつてよりもひと月は休みが減った。これはもちろん文科省の「指導」による。
たぶん昔は前期、後期にそれぞれ10回くらい授業をすれば十分だったが、今は15回が原則。そのためにGWの一部や休日も授業をし、夏休みを減らす。いったいそれで効果はあがっているのだろうかと言えば、昔の学生より今の学生が優秀になったという話はついぞ聞かない。
自分の経験でもそうだが、大学の勉強は自主性が一番大事。授業はあくまでそのための刺激というか材料を与えるだけで、あとは自分で興味のあることを探求していくことが、将来につながる。分野は何であれ、就職と直接関係なくても、自分なりに掘り下げる力が身につくことが重要だ。
それは授業の数を単に1.5倍に増やすことではあまり生まれないような気がする。同じ教師の話を10回聞いても15回聞いても同じことではないか。問題は授業から得たヒントを各自がどう発展させるかで、そのためには時間が必要だ。
教師も教えているだけでは疲弊する。学生が退屈しない授業をするためには、十分な準備の時間がいる。同じ内容の繰り返しでは学生もおもしろくない。海外でセミナーに参加したり研究者に会ったり、図書館などで資料を探すことが必要で、そのためには長い夏休みがいい。あるいは本を書くことは、新しい地平を切り開く。
そして、昔はこんなに暑くなかった。15年前と比べても暑さは増しているのに、夏の授業は増えている。これは文科省の自己満足か、日本人特有のSM的な満足感しか生まない。結局のところ、誰も得しないのではないか。
21世紀になってからの大学改革は、およそすべて失敗しているのではないか。暑過ぎる夏に大学に向かう準備をしながら、思わずそんなことを考えた。
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