『本日公休』に涙する
台湾の傳天余(フー・ティエンユー)監督の『本日公休』を劇場で見た。地方都市の理髪店を描く予告編がいい感じだったし、製作が侯孝賢の『非情城市』などの脚本家、呉念真というのも気になった。結果は、美容師の中年女性の生き方を細かく優しく描く映画で、何度か涙が出た。
台湾の傳天余(フー・ティエンユー)監督の『本日公休』を劇場で見た。地方都市の理髪店を描く予告編がいい感じだったし、製作が侯孝賢の『非情城市』などの脚本家、呉念真というのも気になった。結果は、美容師の中年女性の生き方を細かく優しく描く映画で、何度か涙が出た。
『目まいのする散歩』は小説家、武田泰淳が64歳で亡くなる直前に出したエッセー集だが、実は読んでいない。彼の小説は『森と湖のまつり』や『富士』などを大学生の時に読んだが、これは買ったまま本棚に並んでいた。
先日引用した小笠原弘幸著『オスマン帝国』の中で驚くべきは、「36代に及ぶ歴代君主のうち、トルコ系の生母を持った君主は初期の数例に過ぎない」という部分ではないか。普通なら、外国人の母親で大丈夫なのかと思う。
オルハン・パムク『イスタンブール』や小笠原弘幸『ケマル・アタチュルク』を読んで個人的に一番驚いたのは、600年間続いたオスマン帝国が、意外に異教徒や外国人に開かれたコスモポリタンな国だったということだ。
昔から白髪もハゲもないのが、秘かに自慢だった。「秘かに」なのは、30代くらいから白髪や脱毛が目立つ同世代もいたから、あまり大っぴらには言えなかった。しかしどちらもない友人と飲むと、なんとなくこの話をした。
もう帰国して1週間が過ぎたのに、どうも頭の中でイスタンブールが巡っている。一番印象に残っているイメージは、ボスポラス海峡巡りの観光船から何本か見えた相当に大きな赤いトルコの国旗だった。
今回の旅行で気づいたことをいくつか書き留めておきたい。考えてみたら、これまでパリに行くと必ず会うのは評論家のジャン・ドゥーシェさんと女優のフランソワーズ・アルヌールさんだったが、もうこの世にいない。お二人とも2019年9月には会ったのに、ドゥーシェさんはその11月に、アルヌールさんは2021年7月に亡くなった。
昔は海外に旅行すると、必ず映画を見た。「日本では見られない」映画を見なくてはと思っていたが、最近は簡単にDVDを買うことができる。そんなこともあって今回の旅行では映画館に行かなかった。旅行前はジョージア映画を数本見たこともあり、久しぶりにアメリカ映画を見たくなった。
既に帰国したけれど、イスタンブールについてはもっと書いておきたい。トルコという国自体、日本では一般にはあまり知られていない。私もたまにトルコ映画の新作を見るくらいで、あまり考えたことがなかった。
さて、パリではほかにポンピドゥー・センターやルーヴル美術館、証券取引所跡の美術館、シネマテーク・フランセーズの常設展などを見たが、それは後日書く。さて忘れないうちに書いておきたいのは、その後に行ったイスタンブールの話である。
5年前に海外に行った時は、パリの空港に着くとすぐにSIMカードを買った。そしてSIMカードを入れ替える。これが細いピンを使ってなかなか緊張する作業だった。それが今回はeSIMというものがあることを知った。
今回パリに着いて、最初に行ったのはなぜかパリのはずれにある「国際大学都市」のアメリカ館。1984年9月から翌年7月まで住んだ学生寮だが、なぜかその後一度も行っていない。最近DVDで見たエリック・ロメールの短編『パリのナジャ』で国際大学都市が出てきて、急に行きたいと思った。
久しぶりに海外にいる。最後が2019年9月のベネチアとパリだから、ちょうど5年になる。2020年春に始まったコロナ禍も2022年あたりからは海外に行く人も出てきたが、行く気が起こらなかった。考えてみたら2019年までは毎年ベネチア国際映画祭に全日程参加して、主に「日経」にレポートを書いていた。
今回の特集の一人、ラナ・ゴゴベリゼ監督も古い順に2本見た。この監督は40年ほど前に『インタビュアー』(1978)を見て、あまりおもしろくなかった記憶がある。まず長編第一作『ひとつ空の下ー3つのエピソード』(1961)は3つの時代の女性を3部構成で描く。
現在、世界各地で1960年前後から70年代にかけて出てきた「新しい映画」を調べている。もちろん代表格はフランスのヌーヴェル・ヴァーグだが、日本を含めて各地で同時多発的に起きている。今度「ジョージア映画祭2024」が始まったので数本見た。
数日前から、咳が止まらない。3時間に1度くらい、せき込むと5分くらい続く。ところが熱はない。昔ならそのまま放っておくが、還暦を過ぎると何でも気になる。特にコロナ以降は、妙に感染症が怖くなった。今でも同世代でコロナにかかって10日間ダウンしたという話を聞く。
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