東博の「はにわ」展に考える
ある夕方、ちょっと不愉快なことがあり、気分転換と思って上野の東京国立博物館の「はにわ」展を見に行った。東近美で「ハニワと土偶の近代」を見て近現代のハニワの氾濫ぶりに驚いて、本物の埴輪を見たいと思ったこともある。
埴輪と言えば「素朴」の代表で、嫌な気分も何もみんな丸く収まる気がした。ちょうど金曜日で夜間開館だから17時前からでも大丈夫。さて埴輪と言えば古墳時代である。つまりは3世紀から7世紀で、弥生時代と飛鳥時代の中間にある。
最初に《踊る人々》の2体に驚いた。眼と口に穴があいて、片手を挙げて何となく踊っている感じが出ている。実は馬の手綱を引くために片手を挙げているという説もあるらしいが、どちらにしてもシンプルでかわいらしい。
当たり前のことかもしれないが、埴輪というのが「王の墓の副葬品」ということをパネルを読んで改めて知った。つまり偉い人が死んでも寂しくないように、骨の周りに並べたものだ。そういう意味ではエジプトのミイラの副葬品や中国の兵馬俑と同じなのかもしれない。
だから耳飾りなどの装飾品や鉄の靴なども最初に並べてあった。あるいは家や円筒の形の埴輪もある。動物などは馬や鹿を始めとして多種多様なものがずらりと並んだ部屋があって圧巻だった。
《挂甲の武人》という甲冑を着けた武士の埴輪が5体並んでいる部屋もあった。恐らく同じ工房で作られたものではないかと思われるほど似通っている。しかし現在の所蔵先はすべて別で、東博所蔵の国宝、群馬と奈良にある2点が重要文化財、そのほかに千葉の歴博とアメリカのシアトル美術館にある2点。
なぜシアトルかと言えば、1962年のシアトル万博で展示して、美術館が購入したと書かれている。まだその頃は文化交流などと言ってタダ同然で渡していたかもしれない。若冲などもそうだが、アメリカの日本美術の所蔵する数はすさまじい。
見終わった感想としては、350年もこんな単純なものを作り続けたのかという感じで、よほど社会が安定していたのではないかと思う。それにしょせん王様の副葬品なので、いわゆる普通の人々とはあまり関係ない。一般庶民の生活はどうだったのだろうかと考えた。
展覧会としては少し単調であまり時間をかけなかったが、少なくとも気分転換にはなった。何か物足りなかったので帰りに常設の法隆寺宝物館をのぞいた。谷口吉生の建築というか、池が手前にあるしつらえは夕暮れ時に本当に気持ちいいし、なにより一階にずらりと並ぶ金剛仏がすばらしい。
飛鳥、奈良時代に作られたものだが、シンプルな埴輪の後には強烈なインパクトがあった。外に出ると6時半でもう完全に暗かった。「はにわ」展は12月8日まで。
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