深田晃司『日本映画の「働き方改革」』に考える
深田晃司監督の新書『日本映画の「働き方改革」 現場からの問題提起』を読んだ。彼が2020年に濱口竜介監督らと「ミニシアター・エイド基金」を立ち上げ、22年には是枝裕和監督たちと「action4cinema 日本版CNCを求める会」に参加したあたりの文章は読んでいるので、彼の主張はわかっているつもりだった。
それでもこの本がおもしろかったのは、まさに「現場からの問題提起」の点にあった。冒頭に彼の20歳前後の頃の映画制作現場での過酷な日々が語られる。朝4時半に起きて6時にロケバスに乗り、9時に撮影開始して深夜1時に終了。セットをばらして自宅に2時過ぎに着き、2時間ほど寝てまた出勤。「こういう日々が1カ月半は続いた」
現場の移動で運転手の予算がないと制作スタッフが運転する。「なんとか私たちのいる場所まで到着した車輛から出てきた俳優は顔面蒼白で、聞いてみると、運転手であるスタッフの方が、運転中に何度も疲労と眠気で意識が落ちて前後不覚となっていたという」
そして暴力が横行する。「美術部の車輛部の助手席で地図を見ながらナビする声が小さいと運転席から肘鉄が飛んできた。現場に持ってゆく小道具を間違えたとき、先輩が怒声をあげ走ってきたと思ったらそのままドロップキックされた」。こんな労働環境はほかの職場にはないのでは。
さらに2010年以降のデジタル化でそれがさらに悪化したようだ。まず「ワークショップ」と称して「本来はギャラを払うべき俳優やスタッフからお金を徴収して現場に参加させ新作を作るという、安価で映画を作る裏技のような仕組み」が横行した。これは「日本における俳優教育が乏しくその補填となっていることや、オーディション文化の無普及が挙げられる」という。
さらに「青春H」というレーベルがあった。文字通り「青春とH」をテーマにすれば何を撮ってもいいという、ピンク映画のソフト版のような触れこみで始まったシリーズは累計で長編映画42本が作られた。制作予算はなんと100万円以下という超低予算であった。
かつては自主映画は非商業であることを前提に作られていたが、デジタル化によって「規模は小さくても一般映画のようにミニシアターで公開し、相応の利益を上げられる可能性がでてきた」「一部のプロデューサーは撮影フローを効率化できるビデオ映画の技術的なメリットのみならず、それまでの自主映画、個人映画における手弁当のような低賃金の慣習をもスライドさせて人件費を圧縮し映画制作を行ってしまった」
そして深田氏は「今まで上げてきた映画業界の貧困問題、労働問題、不平等の大半は、そのほとんどがお金で解決できる」として、政府の補助金や業界内で興行収入の一部を製作助成金に回す「日本版CNC」を訴える。ここまでが第1章で、第2章で日本の現状と各国の公的助成を説明し、第3章で業界内からお金を回すフランスのCNCシステムを紹介する。第4章は映画史を遡ったメディアリテラシー。
私には第1章が一番おもしろかった。それを「そのほとんどがお金で解決できる」と言い切っていることも含めて。もはや、やるべきことは見えている。
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