東京フィルメックスも少し:その(2)
東京フィルメックスは3本しか見なかった。いろいろ言いながらも、東京国際映画祭は15本も見たのに。あるいは15本見て、もう映画祭はいいやと思ったからかもしれない。それにフィルメックス定番のツァイ・ミンリャンやリティ・パンのアート系エッセー映画はもういい、というのもあった。
コンペは1本しか見なかったが、昨日の報道だとそれが最優秀作品賞だった。ジョージアの女性監督、デア・クルムベガスペリ監督の『四月』で、既にベネチアのコンペで審査員特別賞を受賞しているので見に行ったが、期待以上の出来だった。
一言で言えば、働く中年女性の静かな日常と狂気を長い固定ショットと恐るべき音響で収めた実存的な映画と言うべきか。女性の仕事、女性の生き方といったフェミニズム的テーマに堕胎をからめながら、それがいつの間にか前衛的手法に繋がっている。
最初に、暗闇で老人の体が出てくる。どうも沼の中に立っているようだ。この老体はその後も何度か見せる。そして子供たちの声。それからいきなり出産のシーンが出てくる。最近の映画では出産の場面はかなりリアルに出てくるが、女性のあの部分からもう1つの生物が出てくる瞬間をあれほど物理的に見せられたことはない。後半には帝王切開を同じように見せるし。
その後には、病院の院長らしき男が中年の婦人科医、ニナを責めている。どうして子供は死んでしまったのかと。病院長は患者の夫に冷静に謝るが、ニナの同僚男性は冷たく「この場合は、明らかに帝王切開が適切だったのでは」と言う。
自宅で裸になって一人たたずむニナの長い固定ショット。窓の外からは風の音や牛の泣き声、自動車の通る音が聞こえてくる。ある夜、ニナは病院からの帰りに、歩いている中年男に声をかけて車に乗せる。相手の局部に近づき、自分にも同じことを頼んで殴られる。ある時はガソリンスタンドの少年を誘惑する。
病院には堕胎をしたい16歳の娘が訪ねてくる。車で尋ねた家には、口がきけないで義兄に妊娠させられた娘とその母親がいる。ニナは彼女たちに一人一人丁寧に冷静に接してゆく。そして村ではニナが堕胎をしている噂が広まり、警察が動き出す。
見ていて、本当に凍りついた。これは大傑作だが、普通の審査員(例えば今年の東京国際映画祭のような)だと選ばないと思った。さきほどフィルメックスの審査員を見たら、中国のロウ・イエ監督にフランス女性でアジア映画中心のプロデューサー、ニューヨークのMOMA映画部で働く中国系女性だったので、それならば最優秀賞は妥当だろう。
受賞結果発表の一コマ前の上映だったが、丸の内東映はほぼ満員。評論家の宇田川幸洋さんや諏訪敦弘監督もいけれど、まさか情報が洩れていたことはないと思うが。
今年は東京フィルメックスはカタログがなく、厚手の無料パンフだった。本当にお金がないのかもしれないが、これだと資料としては残らない。もう無理せずに東京国際映画祭と統合して、一部門としてやった方がいいかもしれない。「タレント・キャンパス」など東京国際がやれない重要な仕事もやっているので。
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