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2024年12月18日 (水)

ドキュメンタリーを追う:その(3)『どうすればよかったか?』

「ドキュメンタリーを追う」という続きものは、学生の映画祭「声をあげる」をめぐるものだったが、それが終わった直後にとんでもないドキュメンタリーを見た。藤野知明監督の『どうすればよかったか?』で、平日午後に満員の劇場で見た。

「朝日」の夕刊一面で紹介されていたこともあるが、何よりそのものずばりの題名と中身の衝撃度だろう。大学入学後、統合失調症になった娘を精神科に見せることなく何十年も家に閉じ込めていた家族の話だから。

これほど衝撃的でなくても、「どうすればよかったか?」と思うことは誰にもあるだろう。例えば全国の労働人口(15歳から64歳)のうち、50人に1人が「引きこもり」というし、それ以外でも親の育て方や対処の仕方で思わぬ方向に人生が行ってしまったケースはいくらでもあるだろう。

この映画の場合は、ある意味ではわかりやすい。両親ともに医者で研究者。自宅にもたくさんの実験器具を買い込んでいるほどだ。監督の姉の「まこちゃん」は勉強ができたが、医学部に入るのに4年もかかった。そして在学中に精神的に追い詰められて、ある夜に奇声を発した。

両親は救急車を呼び、父の知り合いの精神科医に見せたが、その後は自宅に閉じ込めた。10年以上たって奇行が目立ってからは母は自宅に南京錠をかけ、自分も一緒に1年近く閉じこもった。時々家に帰る監督の強い希望で精神科に入院したのは、奇声から25年もたってからだった。

父は「まこちゃん」が国家試験に通るように、あるいは学位(博士号?)が取れるように励ます。彼女は怪しげな学会に入って、いきなり一人でニューヨークに行ったことも。つまりはエリートの両親の期待が、完全に娘を潰した形になった。

映画は最初に母と娘の怒声から始まる。これは確か90年代か。それから会社勤めをしてから日本映画学校を出た監督が、帰省のたびに家族にカメラを向け始めるのが2001年頃から。年に1度か2度、北海道の自宅でカメラを回す。明らかに姉の症状が悪化しているのがわかる。10年ほどたって母に認知症が見られるようになって、監督は父を説得して姉を入院させた。

それからの映像はむしろ安心して見ていられる。退院した姉がカメラの前でふざけているのを見て、思わずほっとしてしまう。それから母や姉に起こったことは、むしろ良かったのではないかとさえ思う。最後に監督が父と対峙するシーンは限りなく強い。

自分にとっての最大の問題を20年もカメラに収めたことで、唯一無二のドキュメンタリーを作ることができたことは、長年悩み続けた監督にとって何よりの慰めであり、誇りなのではないか。これは映像にしかできない力業である。

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