大学で何を学ぶか:その(1)
新聞にはよく「続きもの」がある。あるテーマをシリーズで何回かに分けて書く記事のことだ。私は新聞社を離れてもう16年もたつのに、ここでよく「続きもの」を書く。中には一回目で終わることもあるが、それでも「続きもの」を思いつく瞬間が楽しく、先のことを考えずに始める。
さて、大学で何を学ぶか。こんな大テーマを考えたのは、最近自分の大学で1年生の終りの専攻分けをやったから。私の大学は芸術系で、私はそのなかで理論系の専攻を担当している。芸術ならば、当然のことながら学生の多くは実作を学びたいのは昔からだ。
「アーティスト」や「クリエイター」になりたいから、芸術系の大学へ来る。もちろんなかなかそうはなれないし、ましてやそれで食べてゆくのは至難の業だが、高校三年生の時に「夢」として描くのはよくわかる。
私のコースでは1年生を終えたところで専攻分けをする。これが近年、私の理論系専攻を希望する学生がどんどん減ってきた。私はこれは「時代」だから仕方がないと思っていた。つまり、ネットの時代には誰も文章を真面目に読まない。本は読まないし、理論的考察などもってのほかだ。
「朝日新聞」の読者だって、今や16年前の半分以下の350万人という。つまりは長い文章を読む書くではなく、SNSやYouTubeでの瞬間的な「反応」が広がる時代だ。もはや新聞社出身の私の出る幕ではないかもとも思った。定年も近いし。
しかし今年、私は理論系の同僚と共にある「実験」を試みた。機会をとらえて理論的な研究はおもしろいことを訴え、多くの資料に目を通して総合的な分析をして文章を書くことは、実は今、社会で最も求められていることだと伝えた。最終的に卒論を書くことでそれは養われる。
つまりは「就職」にも有利だし、働き始めてから役に立つと。これは噓ではなくて、実際に就職はいいし、活躍している学生も多い。だが学生はどうしても有名になった一握りの「アーチスト」や「クリエイター」に目を向ける。理論系の勉強をすれば、飛びぬけた才能がなくても確実に社会でためになる力が身につくと私は説いた。
先日、1年生にアンケートを取ると理論系の希望者が例年の2倍になった。これには私も腰を抜かすくらい驚いた。理論系が社会に役立つことは別に嘘でも詐欺でもなく本当だと思っているが、これほど効果があるとは。これまであまり言わなかったのが失敗だったかも。
これは芸術系大学の理論系だけではなく、文学系一般に言えることではないか。これまで文学部など社会に何の役にも立たないと思われがちだったが、実はそんなことはない。卒論のない経済や法律と違って文学には卒論があり、そのためにものすごい調査をする。この調査・研究・分析・執筆の過程で、学生は総合的な力を身につけるのではないか。
そんなことを考える学期末になった。
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