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2025年1月 7日 (火)

博士の謎:続き

かつては博士号を取るのは理系がほとんどで、文系の場合は海外で取得する場合が多かったと書いた。それが近年国内の文系でもホイホイ出すようになったが、博士号を取るには「博士論文」を提出しないといけない。出すだけではなく、その後「審査」を受けて受理されることが必要だ。

では博士論文はどのくらい書けばいいのかについては、実は国としての規定はない。博士号は医師免許や弁護士資格と違って国が出すものではなく、それぞれの大学が勝手に出すものだから。だから長さは大学によって異なる。

私が勤める大学は8万字以上、昔風に言えば400字詰め原稿用紙200枚。最初これを知った時は驚いた。卒業論文の規定が4万字以上だから。私の学生だと卒論で10人書けば半分は6万字を超し、そのうち2人は8万字くらい書く。10万字超す学生も普通にいるし、ある時は20万字書いた学生もいた。

博士論文は卒論を書いてから最短コースでも修士2年、博士3年で5年はかかる。それで「卒論に毛の生えたような」長さでいいのか。大学によっては長さの規定もない。東大のように20万字以内、というのもあるが。

最近は博士論文を本にすることも多い。それらを見るとおおむね15万字から20万字くらいだが、本になるのはある程度以上のレベルのもの。その下に、本にならない(できない)し誰も読まない無数の博士論文があるはずだ。

長さもそうだが、内容はもっと重要だ。その分野の先行研究を十分に精査して、これまでになかった新しい知見を展開するのが基本だが、それはもちろん容易ではない。そのうえ、「評論」ではなく「研究」だから実証性が必要となると、本当はそう書けるものではない。

そして文系の場合、審査をする3、4人の教授の大半は自分は博士論文を書いていない。本来なら審査委員にその分野の第一人者を全国から指名すべきだが、実際は学内で適宜選ぶ場合が多い。学外の大先生がやってきて、論文を否定されたら指導教員も困る。多くの場合、長さが十分にあってそれなりにがんばっていたら通してしまう。

審査で落とせば、指導教員はあと1年世話をすることになるから、できれば早く終えたい。それ以上に大半を占める中国人留学生は早く書き終えないと学費もかかってしまうとなると、人情で通したくなる。それに日本で「博士号」を取れば、中国ではそれなりの意味があるらしく、その後大学で教えている話もよく聞く。

考えてみたら、かつて日本人の大学院生が、文学や映画で欧米に留学して博士号を取るのも似たようなものだったかもしれない。私は彼らから「落ちた」という話を聞いたことがない。書けば人情で通すというのが、博士論文の万国共通の姿かもしれない。

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