年末年始の映画:その(3)『侍タイムスリッパー』からマフマルバフ親子へ
安田淳一監督の『侍タイムスリッパー』もまた映画をめぐる映画である。去年8月に1館で始まって、9月にはギャガが配給に加わってシネコンでの展開が始まり、今では300館で上映されて興収は10億円を超した模様。『カメラを止めるな!』(2018)の快進撃に似ているので比べる人も多い。
さらに昨年末の日刊スポーツ映画大賞の作品賞や監督賞まで受賞してしまった。どんなものかと年明け早々に劇場で見たが、『カメ止め』とはだいぶ違った。あちらが素人のゾンビ映画を見せてからそのからくりを笑いと涙で見せるアマチュア的な作りだったのに比べて、これはお涙頂戴の時代劇ノスタルジーだったから。
幕末の水戸藩士が現代にタイムスリップして、時代劇の切られ役として活躍するという話だが、全体にベタであるうえに演じる俳優たちが「いかにも」過ぎる。主人公の高坂新左衛門がお世話になる寺の老夫婦が、顔を見ただけで作り物のような「いい人」。さらに高橋が頼り秘かな恋も芽生える時代劇の女性助監督・優子がまたそれらしい。
さらに時代劇の主役の俳優や監督たちが、こぞって「いかにも」の顔と演技で、いくらなんでもと思う。結局全体がカリカチュアのようだが、それをまじめに正面から押してゆき、途中から「滅びゆく時代劇への愛」に強引にまとめてゆく仕掛けに、個人的には乗れなかった。
テーマとしてはおもしろいので、普通のプロ監督が撮ったらよかったのにと思った。見ていて昔の安直なテレビ番組を見ている気がしたが、それはこの40年間「テレビ」をほとんど見ていない私が言うことではないかもしれない。とにかく「これは映画ではない」。
「映画ではない」といえば、「ヴィジョンズ・オブ・マフマルバフ」と題した2本のマフマルバフ親子のドキュメンタリーもそうだろう。娘のハナ・マフバルバフ監督の『苦悩のリスト』は、2021年8月のアフガニスタンで米国撤退後に海外逃亡を希望する芸術家たちを救おうとするマフマルバフ家族を描く。
彼らはスマホとPCを駆使してフランス政府やイギリス政府と交渉しながら、救うべき800人のリストを提出する。映しだされるカブール空港周辺の映像は涙なしには見られないが、家族がロンドンの高級アパートでがんばっている姿と差がありすぎた。それでも私たちがもう忘れてしまったアフガニスタンの現状を見せたのは意味があった。
父のモフセン・マフマルバフの『子どもたちはもう遊ばない』は、イスラエル人とパレスチナ人が共存するエルサレムの街を見せる。ユダヤ人とパレスチナ人の数名の語りが中心だが、映しだされるエルサレムの小さな通りがよかった。観光客もいて、9月に行ったイスタンブールを思わせる街並みだった。
この問題の解決は極めて難しいが、住んでいる人々を見ていると、外国がいろいろ言ったり手出しをしなければ意外とすんなり片付くような気もしてくる。とにかくエルサレムの日常生活をじっくり見られたのがよかった。どちらもスマホ撮影が主でとても普通の「映画ではない」が、今、必見の2本である。
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