年末年始に考える:その(2)『敵』との違い
上映中の吉田大八監督の映画『敵』の主人公は私のようだ、と何度か言われた。私は東京国際映画祭で見たが、確かに「元大学教授」という設定で、かつての教え子の美女や若い女性に妄想をする姿はいかにも私にありそうだ。そのうえ、その教授の専門は「フランス演劇」で、時々フランス語の原書を読むところなどもちょっと近い。
私の専門は特に「フランス映画」ではないが、学生時代にフランスに留学して大学でもフランス映画を取り上げることは多い。そして規則的な生活をするところも似ているし、自分で少し手間をかけた食事を作り、服装も自分なりにお洒落をするのも同じ。ある種の自己満足というか。
ついでに言うと、私も自分が何歳くらいに死ぬかを考えていくら金が必要か計算している。できたらちょうどお金がなくなった時に、すべて手配しておいて誰にも迷惑をかけずに死にたいと思う。
しかし長塚京三演じる渡辺との最大の違いは、あちらがかつての「有名教授」というところだろう。大きな古い一軒家に住んでいるところも「大家」というか「文人」という感じが出ている。私のようなマンション住まいには、あの風格ある生活はできない。
そもそも78歳という設定で私より10歳以上も高齢である。かつての大学教授はああいう感じだったのかもしれない。さらに驚いたのは10万円以下の謝礼だと講演を断ること。私は1万円で映画館の上映後のトークにホイホイ出かけている。10万円もらったのはたったの1度しかなく、それはアメックスカードの会員向けイベントだった。
78歳でまだ雑誌の連載を持っていることからも、かなり有名な教授だったのだろう。今だと、映画関係で言えば、四方田犬彦さんとか中条省平さんクラスならばそのくらいの年齢になっても連載はあるだろう。
だから一見、似ているようで実はだいぶ「格」が違う。そんな私もあと2年で定年になる。そうしたらあの渡辺のように規則正しい「美的」な生活を送るのではないか。かつての教え子の美女やたまたま飲み屋で知り合う若い女性に妄想を抱きながら。
作曲家の坂本龍一さんも彫刻家の舟越桂さんも72歳で亡くなられた。そんな有名な方々と比べるのはおこがましいが、自分としてはそのくらいがちょうどいいかなと思っている。そう考えたら、あまり時間はない。
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