年末年始の映画:その(1)『王国』
だいぶ前から草野なつか監督の『王国(あるいは、その家について)』がすごいという話は聞いていた。もともと愛知芸術文化センターの依頼で作った64分版が2017年にできて、それをふくらました150分バージョンが2018年にできた。
これが海外の映画祭で上映されて英国映画協会の「見るべき現代日本映画の1本」に選ばれたという。その後は映画祭のみの上映だったが、2023年にポレポレ東中野で公開された。この時は時間が合わずに見られなかった。
今回見たのは何と早稲田松竹で、たぶん10年ぶりくらいに行った。HPを見ると座席指定にはなったが、あくまで当日劇場で買う形のようだ。12:25の回のために11:30頃に着き、座席を確保してから軽い昼食を取ることにした。座席表を見せられて指定するとチケットには座席番号が手書きで書かれた。
かつて高田馬場に住んだことがあるのでそのアパートのあたりを散歩して、鯛焼きを食べて席に着く。映画が始まると、ある女性の前で検事が調書を読み始める。正面から捉えるカメラで、女性は検事の質問に奇妙な答えをしながらも、自分が子供を殺したことを認める。女性の表情の生々しさがすごい。
このシーンで濱口竜介監督の映画を思いだした。特に『ハッピーアワー』に出てくる女性の存在感に似ている。次に映画は2人の女性が脚本を手に持って自分の台詞を読む場面を見せる。同じ場面を何度も読んでいるうちに脚本なしになり、最初は一列に並んでいたのが向かい合う。
東京で働くあきは、幼馴染で大学まで一緒だったのどかを訪ねる。地元に住むのどかは大学の先輩・なおとと結婚して、ほのかという娘がいる。映画はあき、のどか、なおとの会話を見せる。本読みから次第に本なしで動作が付き、最後には顔のアップで見せる。時おり挟み込まれる外の光景。あきがなおとと外を歩きだすと思わずびっくり。
脚本は行きつ戻りつし、前にはなかった台詞が加わったりするが、明らかに演技は深化して俳優そのものに重なってゆく。この感じが濱口映画にそっくりだが、彼の映画ではこのように演技のできてゆく過程は見せない。そして最後に再度本を読む。その顔のアップは凄まじい。あきがのどかの娘を殺す必然が成立してしまう。
終盤の台詞でわかるが、「王国」はかつてあきとのどかが作った「暗号回路」による2人だけの空間だった。のどかは今や夫や娘と別の「王国」を作っていた。それだけの話だが、俳優が演技なき演技を組み立てる過程が2時間半の至高の映画になった。
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コメント
いつも楽しく読んでいる映画ファンです。「王国」「ハッピーアワー」どちらも
高橋知由が共通して脚本に参加してます。
投稿: カイシャイン | 2025年1月 7日 (火) 09時16分