恵比寿映像祭の小田香と小森はるか:続き
恵比寿映像祭は終わったが、小田香や小森はるかの映像を展示した「コミッション・プロジェクト」は3月25日まで開催中だ。これは5人の専門家(?)が選んだ日本在住の作家に新作を委嘱するして展示するシステムのようだ。今回は4人が選ばれており、ほかには永田康祐と牧原依里。
小田や小森に比べるとほかの2人の映像はずっと「知的」でコンセプト重視なので、映像展示に向いている気がした。さて小森はるかの『春、阿賀の岸辺にて』は1時間ほどのドキュメンタリー。
かつて佐藤真監督の『阿賀に生きる』(1992)というドキュメンタリーがあった。これはその後日談というか、この映画から30年以上たって出ていた患者さんたちがすべて亡くなってからの新潟水俣病をめぐる人々の物語だ。
中心となるのは旗野秀人さんで、彼は『阿賀に生きる』の発起人であり訴訟団の事務局長という。1950年生まれで70年代から患者さんたちに向き合ってきたというから、はや半世紀。今は工務店を営みながら、新聞を切り抜いたり、小学校にレクチャーに行ったり、関係者の集まりを開いたり。
その自然な動きにするすると引き込まれるが、考えてみたらこれを撮るのは簡単ではないだろう。まるで透明人間のようにあの空間に入っていくには、出てくる相手全員に信頼されていないと。子供たちも含めて、みんな安心しきってその時間を楽しんでいる人ばかり。
私が『阿賀に生きる』を見たのは1992年夏、スイスのニヨンのドキュメンタリー映画祭で、実はそれ以来見ていない。監督とは上映後に中華料理を食べたはず。『春、阿賀野の岸辺にて』では、関係者が毎年集まる「阿賀野の岸辺の会」で『阿賀野に生きる』を上映する様子が写るが、この映画に若い旗野さんが患者さん達とふざけている姿があった。
その回が確か「30回」とかで、垂れ幕などはその数字だけ紙を貼っていた。その飾らない感じが映像全体に広がっている。終盤、旗野さんは自分の工務店をたたむ場面が出てくる。そこの2階にある膨大な資料はどうなるのだろうか。新潟水俣病の土地の記憶を保存し続ける彼の意志が、この映画に脈々と引き継がれている。先日、小森はるか監督が委嘱された4人の中で特別賞を取ったという案内も来た。
それにしても、2階や地下の展示はよくわからなかった。アンディ・ウォーホルやアピチャッポン・ウィーラセタクン、杉本博司からタルボットまで都写美の所蔵作品を中心に有名作家の作品が並んでいるが、およそコンセプトが見えない。古川タクの「驚き盤」は相変わらずおもしろかったけれど。3階の展示は3/25までで無料なので、是非。
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