大学で何を学ぶか:その(2)
映画の理論系専攻を希望する学生が増えたと書いた。これにはもう1つ理由がある。理論系では同時に「映画ビジネス」も教えるからだ。大学で「映画ビジネス」というのは、普通に考えたら教えるのが一番難しそうだ。
これまで私が主に教える大学の映画分野では監督、撮影、録音、脚本、演技、批評・研究といった分野を教えていた。今もそれが中心だが、私はそこに「ビジネス」という要素を加えた。着任後2年目から、毎週、プロデューサーなどの業界人に来てもらい1回ずつ話してもらう授業を始めた。
最初は私も熱心で、ジブリの鈴木敏夫さんやフジテレビの亀山千広さんや東宝の川村元気さんに来てもらったこともある。一流の人ほど話はおもしろく学生は大いに喜ぶが、数年続けるとどうもその時だけの感激に終わる気がしてきた。
そこでコースを再編する時に2年間の「映画ビジネス」というカリキュラムを組みことにした。1人の講師が3、4回ずつ来て課題を出す形の授業を1年間やり、次の年は映画会社へのインターンシップと映画祭の企画・運営をする科目にした。実は映画祭はその前から理論系で始めていたが、座学とインターンシップの後に映画祭をやる形に進化させた。
これらで何を学ぶかと言えば、一番は「社会の常識」ではないか。座学の講師は社会人なので、まずは礼儀正しくする必要がある。遅刻は厳禁で私語もできない。課題になる映画の新作企画書にはこれまでになかったようなテーマを求められるし、宣伝企画書には新しい宣伝方法が欲しい。相手が求めているのは何かを考えて、自分の頭をフル回転させて文章に落とし込む。
この作業は、実は理論系の論文を書く作業に似ている。一方で映画会社へのインターンシップはまさに社会勉強。朝の挨拶や電話取りに始まって世の中の常識を学び、映画会社とはどんなところかを中から見る。20日間だが、その後にバイトとして続ける学生も多くそのまま就職した学生もいる。
そして仕上げが映画祭。4月に15人ほどが企画を持って集まり、毎週議論をしてテーマを決めてゆく。6月に3つのテーマを絞り、映画館の支配人にプレゼンをして、最終的に概要を決める。それから作品選びと上映の交渉に入る。場合によっては海外の権利元との交渉も出てくる。
そしてチラシやパンフを作り、プレスリリースをマスコミに送って取材を受ける。すべて相手は映画界やマスコミの大人たちで、電話の仕方、メールの書き方から実戦で学んでゆく。大事なのは、相手のことを考えて自分が今何をすべきかを瞬時に判断して動くこと。
これらはアートそのものを作る「クリエイター」や「アーティスト」の仕事とは違う。彼らの作品を扱いながら、それを最大限に見てもらうためにあらゆる手配をする。一般の方々にお金を払って見てもらうために。それは実は論文や批評を書く理論系の学問とつながっていると私はひそかに思っている。
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