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2025年3月 4日 (火)

『ブルータリスト』がわからない

ブラディ・コルベット監督の『ブルータリスト』を劇場で見た。ベネチア国際映画祭で監督賞だし、アカデミー賞10部門ノミネートだし(3部門受賞)、3時間35分の長尺というのも気になった。結果は私にはかなり退屈で悪趣味な映画に思えた。

映画はある男がアメリカにたどり着くところから始まる。船は揺れに揺れて移民の群れの中から甲板に出ると、自由の女神が逆さまに見える。彼の頭には女の声が絶えず響く。

ホロコーストを生きのびたハンガリー出身のユダヤ人ラースローは、流れ流れてようやく家具屋で仕事が見つかる。そこで家具屋の妻と仲良くなったと疑われて追い出されるが、その意味がよくわからない。次に実業家の息子に頼まれて図書室を設計するが、その親父は怒り散らす。

ところがある日肉体労働をするラースローのもとに現れた実業家のヴァン・ビューレンは、なぜか図書室が気に入ったと話す。ラースローがハンガリー時代に設計した建物の写真も持っていて、新たな建築を依頼する。それは丘の上のコミュニティーセンターだった。このあたりは唯一気持ちのいい場面だ。

ところがその建築には邪魔が入るし、せっかくやって来た妻との再会もどこかうまくいかない。ラースローは一人で悩み、妻は姪とイスラエルへ去ってゆく。妻のヴァン・ビューレンへの怒りの場面もどこかピンと来ない。ラースローが実業家とイタリアに石を発注しに行くシーンもどこかとってつけたよう。

何より、建築の過程がほぼ出てこない。ある時、スローモーションのようにあっという間に建築ができてしまう映像が映るのだからおもしろくない。そしてエピローグのヴェネツィアのシーンのいい加減さ。絵葉書的なショットがいくつも出てきて、いきなり姪の演説ですべてを説明されても。

そして終始悩んでいるようなラースローを演じるエイドリアン・ブロディはいつも同じ表情だ。ホロコーストを生きのびた人間にはとても見えず、天才肌で神経質なよくいるタイプの男という感じ。実業家役のガイ・ピアースもバカな金持ちというだけであまり魅力がない。

夕刊各紙ではこの映画を「破格」とか「迫力」とか「狂気」などの言葉を使って絶賛していたが、単に大きな予算で外見だけ派手な物語にしか思えなかった。これをほめた筆者の名前を記憶しておこう。

映画館では、コミュニティーセンターの建物を説明する小さな白黒の品のいいリーフレットが配られた。それを見ながら、安藤忠雄の「光の教会」はこの影響かなどと考えていたが、自宅に帰って映画評を見て、この物語がすべて作り物だと知って驚いた。ラースローは実在ではなく、あの建築も存在しない!

私には映画よりもこの仕掛けが一番おもしろかった。わざわざニセのリーフレットを配るし、途中休憩の映像や音楽が凝っていたことも含めて、すべてが嘘っぱちだったとは。

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コメント

我が意を得たり、です。冒頭から嫌な予感がしましたが、最後まで自分の価値観や美意識には全く合いませんでした。これ見よがしな感じがしてしまうんです。

投稿: 石飛徳樹 | 2025年3月 4日 (火) 09時45分

同感です。エイドリアン・ブロディがアカデミー賞主演男優賞を獲りましたが、
同時期に見た「名もなき者」のティモシー・シャラメの方が遥かに良かった!

投稿: 映画好きのおじさん | 2025年3月 6日 (木) 09時24分

こうしてお読みして、色々な解釈があるんだなと...

私は大変楽しめたんですが、それは全くの「無知識」での鑑賞だったからでしょうか...

投稿: onscreen | 2025年3月 8日 (土) 10時10分

も少し私の背景を記述しておきたいと思います

私はアメリカはNY生まれで、映画の主人公が受ける差別に近い白人に遭遇したことがあります
このためか、その差別が身に染みて理解できたのかもしれません...

投稿: onscreen | 2025年3月15日 (土) 12時57分

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