『日曜日はいつも雨』に驚く
先月から「ブリティッシュ・ノワール映画祭」をやっている。「ブリティッシュ・ノワール」というのは、1940年代からのアメリカの「フィルム・ノワール」や戦後のベッケルやメルヴィルらのフランスのギャング映画に比べると、知られていない。少なくとも私は全く知らなかった。ためしに代表作という『日曜日はいつも雨』(1947)を見て驚いた。
監督はロバート・ヘイマーだが、聞いたことがない。主演の主婦ローズを演じるグーギー・ウィザーズも相手役の逃亡犯トミー役のジョン・マッカランも知らない。これが抜群におもしろかった。
まず雨の降る日曜日という設定がいい。ローズはかつてバーで勤めていた頃に結婚を約束したトミーが脱獄したことを、ある日曜日の朝に新聞で知る。彼女は15歳年上の男と結婚し、連れ子の2人の年頃の娘と自分が生んだ2人の少年を育てていた。
そしてちょうどローズ以外が出払った日曜の午前中、トミーはローズの家に現れる。何かを食べさせてくれと言うので2階の夫との寝室に押し込めて、みんなのために用意した昼食の一部を運び込む。娘たちは恋愛のもめ事をかかえ、息子たちはいたずらを繰り返している。
娘の1人は両親の寝室に入ろうとするが、ローズは何とかごまかす。みんながまた出て行くと、ローズは寝室でトミーと関係を持ってしまう。一方で刑事は何とかトミーの行き先を探してローズの家にも行くが見つけられない。ところが若い新聞記者の勘で、ローズの家でトミーを見つけてしまう。
それまではローズの子供たちも含めて人間関係が複雑すぎるかなと思っていたが、トミーが新聞記者に見つかって殴り倒すあたりから、血沸き肉躍る展開になる。トミーは走り出し、記者は警察に駆け込む。ローズは絶望してガス自殺を図る。
駅のあたりには何本も列車が停まっており、トミーは盗んだ車に乗り、さらに走る列車に飛び乗り、別の列車に移ったりして逃げとおすかと思われたが、最後に警察はなんとか捕まえる。ラストは病室にいるローズを夫が優しく見つめているシーン。
年上の男と結婚したが退屈な日々で、やってきた若いエネルギッシュな男に惹かれるなんて、ヴィスコンティの『揺れる大地』(1943)か、はたまたカルネの『嘆きのテレーズ』(1953)か。その複雑な構成と暗澹たる世界観はアメリカのフィルム・ノワールよりも、フランスの詩的レアリスムに近いかもしれない。
奥に高架の鉄道があって視界がふさがれた街並みや駅周辺の雰囲気など、ロケも巧みに取り入れながら暗い雰囲気を盛り上げている。これは「ブリティッシュ・ノワール映画祭」はもっと見ないといけないと思ったら、明日までだった。
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- 『ヌーヴェル・ヴァーグ』という本を出す:その(1)(2025.04.19)
- 『エミリア・ペレス』の怪力(2025.04.17)
コメント