「わからない」シリーズ:成田悠輔『22世紀の資本主義』
「『ブルータリスト』がわからない」と書いた後に思いだしたのは、昔、「朝日」の同僚だった記者のこと。彼は少しでも難しい映画は嫌いで「わからない」と正直に言っていた。今、世界に必要なのは「わからない」と言う勇気なのかもしれない。
というわけで、成田悠輔の新書『22世紀の資本主義』がわからなかった。この丸と四角の眼鏡の筆者はよくテレビに出るらしいが、テレビを見ない私でも新聞の雑誌広告などで名前と顔に見覚えがある。本屋をウロウロしていたら帯に「やがてお金は絶滅する」「稼ぐより踊れ」と書いてあって、買ってしまった。
実を言うと中をめくって「はじめに」の冒頭に、「メイクラブの快感と財力の快感は、とても似ています」という叶恭子の言葉が引用されていて笑ったこともある。確かに自分一人でこっそりドルや社債を買う時の秘めた快感は、あれに近いかもしれない。「お金はみんなが一番話したがり、同時に一番話したがらない存在」という指摘は当たっている。
最後まで読むとわかるが、この本は22世紀にはお金という存在なしで人間は生きていけるようになるのではないか、という話だ。そこまでにいろいろな事実やたとえ話が出てくる。ルイ・ヴィトンを持つLVMHの時価総額は50兆円を超してトヨタやソニーをはるかに超えているとか。
「安く便利で良い物を今ここで与えてくれるだけの企業より、雰囲気や価値観、優越感や高揚感など、いわく言語化・数値化しがたい事を与えてくれる商品と企業の市場価値が高まっている」
「情報・物事・心身――デジタルデータ化できるものはすべてデジタルデータ化されてゆく」「しかし、本番はその後に訪れる。あらゆる事のデータ化が起こる」
「測れる物差しはいったんすべて忘れてみよう。ここに価格はない。利子もない。バウチャーもない。それぞれただ一回きり、他と比べることのできない贈与や交換のようなやりとりの連鎖があるだけの場所だ」
実はこの本は最初のあたりに「忙しい読者のための要約」がある。「測れない経済で競われるのは、価値の高低ではない。スタイルの差異である」「投資でどれだけ儲かったとか資産がいくらになったとか、大小や高低を競い合っている場合じゃない。むしろ横に逸脱する奇形たれ。稼ぐより踊れという世界が訪れる」
凡人の私はそれでもわからない。今、そんな暮らしができるのはごくごく一部じゃないか。今朝の「朝日」には生活保護申請は5年連続増と書かれていた。22世紀になってもそれがなくなるとは思えない。
今起こっている戦争や貧困や格差はどうする。22世紀になくなるとは楽観的すぎる。貧困ではなくても、私のように先進国に住む平凡な大半の人間はいつまでも小金を大切に生き続けるのでは。それが楽しいのでは。
というわけで、成田悠輔はわからない。
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