40年ぶりの『父帰らず』
ジャン・グレミヨン監督の『父帰らず』(1930)をシネマヴェーラで見た。たぶん最初に見たのは1985年にパリのシネマテークだったから、実に40年ぶりである。当時、各国のトーキー初期作品に興味があって、これは実におもしろかった。
実は翌年パリに国立映画学校を受けに行った時、友人に頼んでそのVHSを入手さえしていた。かつてパリ第3大学の映画研究学科には膨大な数の映画のVHSがあって、研究目的と言えばダビングしてくれた。もちろんそのVHSは今やどこに行ったのかもわからない。
映画は、妻を殺した罪でカイエンヌ(仏領ギアナ)の刑務所にいた男ヴィクトールが、釈放されてパリで娘リーズと会うところから始まる。2人は劇的な再会をする。娘は父親にタイピストと言うが、実は娼婦だった。リーズの恋人アンドレはヒモのような男で、新しい事業を始めるのに3000フランを欲しがっていた。
リーズは父からもらった時計をアンドレと高利貸しに差し出す。たったの30フランしかならないと言う高利貸しにアンドレは銃を向け、もみ合いになる。リーズが思わず近くの花瓶を高利貸しの頭にぶつけると、死んでしまった。
一方、ヴィクトールは昔の知り合いに会って仕事を世話してもらう。意気揚々と家に帰るが、娘の様子がおかしい。さらにそこに彼女の夜の客が訪れるに及んで父親はすべてを悟る。アンドレは自首しようと警察に行こうとするが、ヴィクトールは殺したのは娘だと聞いて代わりに自らが警察に赴く。
この映画で一番驚いたのは、父親が巨漢だったこと。ピエール・アルコヴェールという俳優が演じているが、華奢な娘とは大違い。無頼派のようだが、だんだん情に厚い立派な男に見えてくる。もともと早く出所できたのは、刑務所で品行方正だったから。妻を殺したのもどうも相手の浮気が原因のようだ(明示はされない)。
おもしろいのは、ドラマチックなシーンを見せずに音だけを聞かせること。親子の再会は「おお私の娘よ」「大好きなお父さん」と言った言葉が聞こえるが、見えるのはアパートの入口あたりだけ。リーズが高利貸しを殺してしまうのも、がちゃんと言う音がして床が写り、そこに血が流れてくる。ラストで父が警察に行くのも、何も説明せずに父親が警察署に行って誰かと話すショットを一瞬見せるだけ。
その分、音楽はたっぷり流す。冒頭から東洋風の音楽が流れるが、これは次に写るカイエンヌの刑務所のシーンまでずっと続く。娘の恋人はミュージックホールで働いているが、その音楽は別のシーンになっても流れる。細かく分析したらおもしろいかも。
上映はデジタル素材だったが、冒頭にシネマテーク・フランセーズのロゴが出た。ネットで調べたが、フランスでもブルーレイもDVDも販売していない。どこから素材を入手したのだろうか。
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